あるレジ打ちの女性

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新型コロナの影響で未だチームの活動が再開出来ない中。
こんな時だからこそ毎日、本棚から読み返しています。
新書も良いですが何度も読む中からの新たな感じ方を楽しいんでいます。

スポーツ同様に書物も人の心にエネルギーをいただけますね。

今回も心に感じました。

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「あるレジ打ちの女性」

その女性は何をしても続かない人でした。

田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって次々と所属を変えていくような人だったのです。

そんな彼女にも、やがて就職の時期が来ました。

最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。勤め始めて3ヵ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間に辞めてしまいました。

次に選んだ就職先は物流の会社です。

しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。

そうしたことをくり返しているうち、いつしか彼女の履歴書には入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇つてくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって、生活のためには働かないわけにはいきません。

田舎の両親からは早く帰って来いと言ってくれます。しかし、負け犬のようで帰りたくはありません。

結局、彼女は派遣会社に登録しました。

ところが派遣も勤まりません。すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事を辞めてしまうのです。

彼女の履歴書には辞めた派遣先のリストが長々と追加されていきました。

ある日のことです。

そんな彼女に新しい仕事がやって来ました。スーパーでレジを打つ仕事でした。

当時のレジスターは、今のようなに商品をかざせば値段を入力できるものではなく、いちいち値段をキーボードに打ち込まなければならず、タイピングの訓練を必要としたものでした。

ところが、勤めて1週間もするうちに「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考えるようになったのです。

とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が、彼女自身も嫌になっていました。

もっと頑張らねば、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかし、どう頑張ってもなぜか続かないのです。

この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。

「帰っておいでよ」

受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。

ダンボールに荷物を詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。

小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。

パラパラとめくっているうち、彼女は「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう、彼女の小学校時代の夢です。
「そうだ、あの頃、私はピアニストになりたくて練習頑張っていたんだ」

彼女は思い出しました。

なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかしいつの間にかピアニストになる夢をあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思いだし、日記を見つめたまま本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。そして私は、また仕事から逃げようとしている」
そして彼女は目を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです。

「お母さん、私、もう少しここでがんばる。
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために出勤していきました。

ところが、「2、3日でもいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。

「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も引き間違えたけど繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるか指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに、楽譜を見るだけで弾けるようになった」

彼女は昔を思いだし、心に決めたのです。

「そうだ、私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と

彼女はキーの配置を覚え、ピアノを弾く気持ちでレジを打ち始めました。
すると、不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。

最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。

「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」

「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」
いろいろな事が見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
そして色々なお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。

「この人は安売りのものを中心に買う」
「この人はいつも閉店間際に来る」

「この人は高いものしか買わない」とかがわかるようになりました。

そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが5.000円もする尾頭付きの立派な鯛をカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はびっくりして、思わずおばあちゃんに話しかけました。

「今日は何かいいことがあったんですか」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。

「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。いいだろう、この鯛」と話すのです。

「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。

お客さんとコミュニケーションを取ることが楽しくなったのはこれがきっかけでした。

いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートがありますよ」
「今日はマグロよりカツオの方がお得ですよ」
たくさんのお客様とお話ができるようになったのです。
彼女はだんだんこの仕事が楽しくなってきました。

そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながらもいつものようにレジを打っていました。

すると店内放送が響きました。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」

ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジにお回りください」

そして3回目、同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき周りを見渡し驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客様に「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言ったときです。
お客さんは店長の手を振りほどいてこう言いました。

「ほっといてちょうだい。私はここへ買い物に来ているんじゃない。あの人としゃべりに来ているんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだよ」

その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。

その姿を見て、お客様が店長に言いました。

「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。

仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと、初めて気ついたのです。

そうです。すでに彼女は、昔の自分ではなくなっていたのです。

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涙の数だけ大きくなれる!
31ページより抜粋フォレスト出版社  (2008/9/4) 著 木下 晴弘

今日も心に感じたこと。
それは、
僕がサッカー少年だった時の気持ちで、サッカーを楽しみながら子ども達と接するということです。

感謝!

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