親子サッカーの日

八ヶ岳グランデの「親子サッカーの日」でした。

左手に日本一の富士山。
正面は日本で2番目に高い北岳。
後ろには八ヶ岳。

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美味しい水と新鮮な空気を吸いながら、絨毯のような天然芝のグランドでカワイイ子ども達と信頼できるママさんパパさん達の総勢70名で楽しむ事が出来ました。

私が住んでいる八ヶ岳・北杜市は人間が生きていく上で一番大切な宝がザクザクある宝石箱のようなエリアです。(そう勝手に思っています)
宝石と言っても小判が埋蔵されているわけではありません。

一番大切な宝とは天然モノが沢山残されているエリアのことです。

当たり前に毎日、日本一の富士山や八ヶ岳を眺めています。
当たり前に登ることも出来ます。
当たり前に美味しい空気を吸っています。
当たり前に沢山の鳥たちや動物たちと出会います。
当たり前に野菜やお米が沢山あります。
当たり前に地下鉄が走っていません。
当たり前に六本木ヒルズがありません。
当たり前に渋滞が発生しません。

人口が、人工が、多い中で生活し、育っていく子ども達が多いのが当然の世の中です。
便利なので人口が多いです。
ですので、沢山の生業が成立します。会社が増えます。
どんどんどんどん開発されて便利なので人工が増していきます。
どこまで続いていくのでしょうか。
便利が増える事は本当に人間にとって幸せなのか、子ども達にとって幸せなのか考えます。
便利が当たり前に感じたら、それは便利ではなくなります。
だから人間は便利を求め続けてしまいます。

不便が当たり前に感じられたら、人間は、子ども達は幸せなのではないだろうかと考える時があります。
貧乏人の田舎者の僻み根性なのかもしれません。

それでも私は、この自然環境の中で生活していける人は幸せだと思っています。
そしてこの中で子育てしていくことの大切さに気づけた若い方は素晴らしい感性をお持ちだと思っています。
だからこそ私はそんな若い方々が実際に住める地域作りに少しでも役に立ちたいと思っています。

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サッカーの育成でも同じように感じてしまいます。
理論が発達し過ぎて、子ども達に対して教え過ぎのように感じます。
その結果、様々なサッカーサービスの競争の犠牲に子ども達が巻き込まれていることを実感しています。

子どもたちにもっとのんびりと考える時間やボーッとする時間が必要なのではないかとも思います。
現実には難しいことも理解はしています。
でも大人達が考えなくてはいけないです。

都会の方は、できたら、この宝石箱のエリアのような場所を探して、年に数回でも一日だけでもお子さんやご家族で過ごせたら幸せなのではないかとも思います。
心を開放してあげるだけでもお子さんにとって成長していく上で大切だと思います。

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八ヶ岳グランデの「親子サッカーの日」は本当に素晴らしい一日と感じる事がてきました。
地元スーパーの社長さまからも差し入れをいただけたり、手入れの行き届いた天然芝でボールが蹴れたりと地域の方々に支えられて、沢山の保護者さんたちが笑顔で参加していただいて、八ヶ岳グランデの「親子サッカーの日」が開催できています。
本当に感謝しかありません。
このご恩は胸の奥に刻み、いつか必ずこのご恩はお返しさせていただきます。

私の恩師から頂いたお言葉です。

理性は嘘をつくことができる。
感性は嘘をつくことができない。
サッカーは芸術だ。

真に、「親子サッカーの日」は素晴らしい一日と感じる事ができました。
感性を大切にできる子ども達をこれからも沢山育むクラブにしていきます。

感謝!

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喜怒愛楽

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喜怒哀楽ある人間となりなさい。

喜怒哀楽なきサッカーエリートに俺は興味なし。

楽しいが全ての土台。

楽しいをどれだけ大きくできるかだな。

いいか、楽(ラク)が土台じやないぞ。

楽しむが土台だからな。

楽が土台だと、どんなにデカくても耐震偽造と一緒だ。

楽すれば、するほど、それは手抜きっていうもんだ。

君達は、自分の人生に手抜きするのか?

手抜きして、困るのは君だけだ。

今はその土台だからな。

基礎の手抜き工事はあとでキツイぞ。

真剣にやるから楽しいんだよ。

真剣にやるから愛することができる。

真剣にやるから怒りや悲しみも生まれる。

それを乗り越えた先に、ほんの一瞬の喜びがある。

喜びとはな、自分の成し遂げた事に対して嬉しく湧き上がってくる感情なんだよ。

楽しい土台が狭くて、喜びも無くて、怒りと悲しみだけでサッカーやっていたらな、君にいくら才能があって、どんなに強豪チームの一員だろうが、どんなに試合に勝とうが、本当にサッカーはつまらないって俺は思うよ。

人生も同じだ!

いいか。サッカーを楽しめ。

楽しんで、楽しんで、楽しみなさい。

それが今の君達の人生の土台となるのだから。

この土台を大きくすること。

焦ることはない。

君の人生は友達と比較する必要なんてないからな。

人生の喜びは、君にしか味わえないし、君にしかわからない。

だけどな、君が、

人生の喜びを、大人になって感じられる人生を、俺は願っている。

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本当にサッカーが上手いとはどういうことか

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本当にサッカーが上手いとは、風雪に耐え抜いた古木の年輪の如く、
それは、縄文杉のように深い年輪を刻む佇まいみたいな風格なんだと思う。

僕の思う本当にサッカーが上手い人は三浦知良さん。

ドリブルが上手い、パスセンスがある。

タイミングが素晴らしい。

簡単にゴールを決める。

チームに貢献できるプレーをする。

才能に満ちあふれたプレーをする。

誰もが予想しないプレーをする。

試合を決定づけるプレーをする。

本当にサッカーが上手いとは、

僕はそれだけではないと思っている。

もっと違うレベルをイメージしてしまう。

サッカーをリスペクトすればするほど、雅楽、能楽、文楽、陶芸、彫刻等の第一人者、伝道師や達人達と同様な選手しか想像できない。

だから、カズさんしか見当たらない。
もっとも世界にはカズさん同様な人はいるのだろう。

本当にという言葉が付くからには「上手い」という言葉にはもっと重みがあるべきだと僕は思う。

ハイテクな新建材の効率的なキレイな家と100年、200年と手入れを怠ることなく続く風格漂う日本伝統の木造建造物の綺麗さと比較することに意味を持たないのと同じように、本当にサッカーが上手いもまた、人間の魂の位と比例するものなんだと思う。

僕はそんな感覚というか人生観を持ってサッカー界の底辺の片隅で子供達と一緒にボールを蹴り続けている。
気がつけば30年以上の歳月が過ぎた。

ヤスさんから電話があった。ヤスさんと話しているといつもエネルギーが沸いてくる。やる気になる。思いは同じ。
その時もカズさんの話しをした。

ヤスさんは弟のカズさんをサッカー人としてそして人間としてリスペクトしている。
なんて素敵な兄弟なんだといつも感じる。
ヤスさんとカズさんのツーショット写真はヤスさんから頂いた。
頂いた前日夜にヤスさんの自宅でヤスさんとカズさんの魂注入サインは貴重だと思っています。
この写真も本当に良い写真で玄関に飾っています。

「上手くなりたい!」って小さいときから50歳超しても今も挑戦し続けているカズさん。先日のルヴァンカップでの動きはとても53歳とは思えないキレと躍動感にただただ感動しかなかった。
「サッカーが上手くなりたい」と未だに追求し続けている。
なんて素敵なことだろう。
素敵という言葉すら間違っているのかもしれない。

だから子ども達には、サッカーが上手くなりたいと思う純粋な気持ちを持ち続けられるようにすることが僕のどうしてもやらなくてはならないこと。
プロサッカー選手になっても永遠に持ち続けて欲しい。
カズさんのように。

東日本大震災の時に僕らに勇気を与えてくれたカズさん。
そして新型コロナウィルスの今も、僕らに勇気を与えてくれるのはカズさん。
願いはJ1リーグのピッチに立って得点を決めて欲しいこと。

「本当にサッカーが上手い」とはそういう事なんだと子ども達に伝えたいな。

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若者に伝えたい。

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若者に伝えたい。
若い指導者に伝えたい。

人間は年齢相応に思考も嗜好も変化していきます。

私は人生の半分以上、4半世紀以上、自身の子どもが生まれる前から、 そして自身の子どもが成人した現在もサッカーチームの監督です。

子ども達とサッカーを通じてこんなにも長く、指導者として立たして頂けている事に対して、 万物に、全ての方々に感謝しかない。

20代の頃は自分のチームが勝った負けたで一喜一憂していた。
勝てばドヤ顔になっていたと思う。
ド田舎の設立したばかりの弱小チームの若造監督であった。
地域大会優勝も考えた事なんてなかったし、全国大会なんて夢にも考えた事はなかった。

30代の頃はトレセンコーチや近隣チームの子ども達も教えたりする中で、 試合の勝ち負け以上に選手の技術が上達していく事が楽しく感じるようになっていた。

30代後半から40代の頃は県サッカー協会理事や県外委員等様々な役職も経験した。
山梨県以外のチームや組織も考えるようになった。
スーツを着る機会や、会議や視察や宴会が急増した。
サッカーは社会の縮図だと感じたのもこの頃であった。

40代半ばを過ぎて、やっぱり子ども達を教える事が大好きな自分に気づく。
自分の器に見合うのは小さな地域をしっかりと育てる事だと気づく。

50代になって、息子達や教え子達の多くも社会人に成長していく中で、 サッカーを通じて子どもと親が、その家庭が、その子が幸せであることが一番大切なことだと思うようになった。

20代、30代、40代、50代と考え方や問いかけは変化していきました。
練習内容や方法も変化していきました。
それでも、20代、30代、40代、50代、どの時代も、真剣に子どもに接してきたし、 炎天下も雨の日もグランドに立ち続けてきました。
20代、30代の頃は一緒に川に飛び込んだり、練習後一緒にボールを蹴って遊んだりと あの時の自分が今の自分よりも優れていた事もありました。

私は常に、
決断に迷った時は、子どもにとって幸せな方だと思う方へ決断して進んできました。
自分がその子の立場であったらどう導いて欲しかったかを想像して決断してきました。
「子どもが主役」であるということが私の指導者としての根底を支えています。
大人の柵(しがらみ)は一番後回しにしてきました。

サッカーの技術は、サッカーをやってきた若者であれば教えられるでしょう。
もし、あなたがサッカーコーチを始めたばかりであれば、 教わる子ども達から好かれる事を一番に考えるべきです。

料理人であれば、お客様から好かれる事を一番に考えるべきです。
媚びを売るという意味ではありません。

どんなにサッカーが上手くても、子ども達がそのコーチの事が嫌いであれば 子どもの技術の向上は困難となるでしょう。
料理も同様でしょう。
美味しさも半減してしまいます。

なによりもあなたが人間として、自身のスキルが向上しないでしょう。
これはお互いに不幸な事ですね。

その子、その子によって技術レベルも違えば、モチベーションも違います。
子ども達があなたに会いたくて、会いたくてサッカーに行きたいと思える人になることです。

その子の事を考えていれば、その子が上手くなるためには、練習メニューや声かけも変わってくるでしょう。

料理人であれば食べているお客様を想像しながら、喜ぶ顔や健康を想像しながら料理を創造していけるかです。

日々の試行錯誤の連続の中であなた自身が磨かれて行くものです。

人間は年齢相応に思考も嗜好も変化していくと冒頭で伝えました。
年齢とともに変化するとは、熟成していくことであります。
熟成するためには一定の時間(様々な人生経験)が必要となってきます。

熟成の差は人生経験の質と量でも大きく違ってくるでしょう。

今、世界中、日本中の出来事から、テレビや新聞で報道されない田舎の小さな出来事さえも瞬時に知ることができる時代となりました。

経験しなくても、ウェブで簡単に練習メニューから、 様々な素晴らしい言葉や理論までもパクれます。
リオのカーニバルに行ったことが無くてもリオのカーニバルを語れる時代です。

考える事をしなくても誤魔化せる時代です。

子ども達を教えている先生が考えなくなったら、と考えたら? 本当に恐ろしいことです。
考えていない人から教わるということは授業を受けに教室に行く理由がなくなります。
せめてサッカーのコーチは考え続けて欲しいです。

予備校最大手であった代ゼミが27校のうち20校を閉鎖したニュースを知りました。
「いつやるか?今でしょ!」でおなじみの東進ハイスクールが近年躍進しているようです。
子ども達は、個別のパソコンに向かって録画された講師を自分の好きな時間で勉強しているようです。

技術だけを学ぶならサッカーもパソコンやスマホに向かって練習しても上達する時代が直ぐそこまで来ているのかもしれません。

だからこそ。
アナログ的側面、曖昧な側面こそがコンピューターにはマネできない分野です。

サッカーは完璧なシュートでも1センチずれるとポストに当たりノーゴールにもゴールにもなります。
ミスキックがGKのタイミングをズラしコロコロとゆっくり入る事もあります。

データーから導き出すことはコンピューターの分野です。
経験から考える事ができるのが人間です。
考える事を常日頃から磨き続ける事は人間としていつの時代も必要不可避なのです。

若者のみなさん。
急ぐ必要も、焦る必要もありません。
のんびりでよいかと思います。

それでも考える事だけは止めないでください。
簡単に情報を手に入れないでください。
簡単に根拠のない情報を信じないでください。
1000人が「いいね!」押しても、その1000人が何も考えないで押しているだけかもしれません。

沢山勉強して、沢山苦労を重ねて、多くの人と出会い、多くの場所へ足を運び、 沢山の経験を積み、人生をゆっくり、時間をかけて豊かにして行ってください。

あなたの幸せがあなたと出会った子ども達や周りの方々を幸せにしていきます。

一人でもよいから、若者に伝えたい。
一人でもよいから、若い指導者に伝えたい。

末端のサッカー指導者の私ですが、この歳になってあなたに伝えたい事です。

※サッカーBANKさんに寄稿した記事の再掲載です。タイムラグはありますが加筆修正はしていません。

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本物とは

昨晩はとても素晴らしい心地よい時間だった。
本物の方の物腰は実に奥深かった。
スキーを楽しんでいる姿と重なって本物の凄さが見えた。

小淵沢には自然豊かな財産がある。
八ヶ岳を背に、富士山、南アルプス、秩父連山の大パノラマ。
極上の美味しい空気、水、食べ物。
全てが本物だ。
八ヶ岳山麓に広がる縄文文化の歴史ある地、そこには本物の美術館もある。
本物のアーティストも沢山いる。

本物の方々がもっともっと沢山訪れて、本物が増えて、子ども達が本物に触れて育ったら北杜市は国際的にも評価される市になる。

それが子ども達のサッカーに結びついて、そして世界中から子ども達が訪れる場所を想像するとワクワクしてくる。
地元の方々の意識や価値観も変化していくだろう。

本物とは無意識に関わった方々に勇気や幸せを与えられるかだと思う。

偽物とは関わった方々を不幸にする。常に自分が利益を得られるかどうかで関わってくる。
やたらと派手で攻撃的で常に自分を正当化するから始末が悪い。

本物の絵画や陶芸も人の心を豊かに幸せにする。

サッカーも同じ。
本物のサッカーに子ども達を触れさせたい。
大人達にも触れさせたい。

私自身がどんなに無名で小さくても、言い訳をせず、本物であり続けることが日常の第一歩だと思う。

本物である方。憧れる方が3人に増えた日でした。

感謝!

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