2019年頭所感

新年あけましておめでとうございます。
DEN設立と共に昭和から平成となり、DENは30年間、平成と共に駆け抜けてきました。
この間に3人の子宝に恵まれ、今は3人とも立派に成人しました。
今、思えば、子育ての30年間でありました。

また、少年団設立、フットサルクラブ設立、ジュニアユースクラブチーム設立、特定非営利活動法人設立、市スポーツ総合施設指定管理受託、Jリーグヴァンフォーレ甲府業務提携等、全てが町、市、地域、山梨、日本において試行錯誤を繰り返しながらも初めての試みを成立させてきました。
全てのプロセスが自身の知識と経験と人脈となりました。

そして、多くの出会った人生の諸先輩方から人間としての基礎を学んだ30年間でもありました。
戦略の前半戦は「自身を育てる」「自身を作る」「子ども達から学ぶ」すなわち「学びの30年間」がキーワードであったのだと思います。

本年は新元号と共に次なる仕上げのステージへ挑戦する節目の年になります。

数々の実績を残されてこられた諸先輩方には大変生意気な言い方に聞こえてしまうかもしれませんがお許しください。
けっして驕り高ぶる気はありません。
サッカーに例えるならば、ワールドカップ本戦出場することが目的の試行錯誤のレベルから、さらにはグループリーグ突破が目標のステージは終え、こうすれば本気で優勝を狙える微かな光が見えてきたステージまでたどり着いた。
そんな感覚のレベルに近づいてきたように感じています。
どんな世界でもこのわすがな距離が近いようで遠く困難であることはいうまでもありません。

ここからは、地力があることは当然であり、運をも味方に付ける日頃の地道な鍛錬による経験と知識の差が勝敗を分ける芸術的要素が加わる勝負の後半戦であります。

平成の30年間コツコツと地道に学んできた知識と経験量、そして地道に築いてきた沢山の友人や知人、地域のみなさま、全てのみなさまとの信頼を失うこと無く、私自身がこれからも前半戦同様地道にコツコツと新しい知識を学び続け、そして次世代の後進も育てる所存でおります。
そんな勝負の後半戦は「蓄積から共有」「他者を育てる」すなわち「育成の30年間」がキーワードとなります。

サッカーを通じて人並みの生活を過ごさせていただき沢山の学び経験が積めた前半戦への感謝を込めて、後半戦は微力ながらも育てて頂いた地域、そしてサッカー界への恩返しをしていきます。

みなさまからのご指導ご鞭撻を糧に、感謝のこころを忘れず、一歩一歩確実に進んでいきたいと思います

本年も変わらずお付き合いの程よろしくお願いいたします。

敬具

2019年元旦
田畑雅宏

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プリント

NAGASAKI

週末、私用で長崎へ行っていました。
観光目的ではなかったのですが平和公園とグラバー園にはどうにか行くことができました。
平和公園に隣接の1945年8月9日、原爆落下爆心地と原爆資料館も行きました。
人類史上において使用された最後の核兵器が投下された長崎。
熱風で溶け落ちたガラスビンや爆風でねじれ曲がった鉄塔、人骨と石と砂利で固まったもの、当時の被爆地の悲惨な写真の数々・・・。
長崎に原爆投下された経緯、そして改めて核兵器の恐ろしさを感じました。

私達は幸せだと感じずにはいられません。
サッカーができる幸せが当たり前だと思ってはいけません。
この日常が当たり前だと思ってはいけません。
時代が変わっても、どんなに便利な世の中になっても、
人間ひとりひとりの善悪正邪を判断できる人間性をしっかりと育んでいくことが大切です。

サッカーを通じて子供達と接する私達指導者自身が日々精進し人間性を高めていくことはサッカーコーチとしても、社会人としても当然の義務であると思います。

小嶺先生と会食する中、70歳を超されて未だに声を出し続けグランドに立ち続けてトップチーム等をご指導なされているとお聞きし、監督歴30年なんてまだまだ道半ばであることを思い知らされました。
ホント恥ずかしいです。
上には上が果てしなくいらっしゃるのは選手だけではない。
もっともっと人間としての器を大きくしていく必要を感じました。

週末のクラブ活動をコーチ達に任せての長崎でしたが、やはり来てよかったです。

全てに感謝しかない。

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平和祈念像
天を指す右手は「原爆の脅威(長崎の過去)」を、水平にのばした左手は「平和(長崎の未来)」を示し、 顔は神でもなく仏でもなく、軽く目を閉じて静かに7万有余の戦争犠牲者の御魂の冥福を宗教を越えて祈る姿であるそうです。
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石畳の総称として東山手地区一帯がオランダ坂らしいです。
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美輪明宏さんの母校海星中学に向かうオランダ坂
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遠藤周作がこの石畳の階段に座ってぼうっと風景を眺めるを好んだといわれている祈念坂。「解夏」など映画のロケ地ともなった
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祈念坂から見る大浦天主堂
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旧ロバート・ウォーカー邸
※わが国最初の清涼飲料水製造工場を設立したイギリス人。ジンジャエールを最初に作った人らしい。
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グラバー園
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長崎駅近くにあった聖福寺。ここも映画のロケで使われたらしい
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浦上天主堂で礼拝が行われていました
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路面電車・グランデカラー(^^)!
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タクシーの運転手さんが長崎ちゃんぽん行くならここと教えてくれた中華街店ではない江山楼。スープに油が全く浮かんでいないのに驚いた。
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福砂屋総本店
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眼鏡橋→川に映る姿とでメガネに見える。会食に向かう途中にありました。
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夜は長崎総合科学大学付属高校総監督の小嶺先生と会食させていただきました。
井田さんと小嶺さんは剛と柔に感じました。
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長崎総合科学大学付属高校のホントに人柄のよい村山コーチと。
行きつけの美味しい鮨をご馳走になりました。28
いつも見る八ヶ岳の富士山も素晴らしいけど、機内から見る富士山も最高に素敵でした。手前は三浦半島です。

私が経験したことを、子ども達に還元していきます。

本当にサッカーが上手いとはどういうことか

本当にサッカーが上手いとは、風雪に耐え抜いた古木の年輪の如く、
それは、縄文杉のように深い年輪を刻む佇まいみたいな風格なんだと思う。

僕の知っている本当にサッカーが上手い人はKAZUさんだけ。

ドリブルが上手い、パスセンスがある。

タイミングが素晴らしい。

簡単にゴールを決める。

チームに貢献できるプレーをする。

才能に満ちあふれたプレーをする。

誰もが予想しないプレーをする。

試合を決定づけるプレーをする。

本当にサッカーが上手いとは、

僕はそんなことではないと思っている。

サッカーをリスペクトすればするほど、雅楽、能楽、文楽、陶芸、彫刻等の第一人者、伝道師や達人達と同様な選手しか想像できない。

だから、KAZUさんしか見当たらない。
もっとも世界にはKAZUさん同様な人はいるのだろうけど。

本当にという言葉が付くからには「上手い」という言葉にはもっと重みがあるべきだと僕は思う。

ハイテクな新建材の効率的なキレイな家と100年、200年と続く風格漂う日本伝統の木造建造物の綺麗さと比較することに意味を持たないのと同じように、本当にサッカーが上手いもまた、人間の魂の位と比例するものなんだと思う。

僕はそんな小さなプライドを持ってサッカー界の片隅で監督として子供達とボールを蹴っている。
気がつけば30年の歳月が過ぎた。

だから子ども達には、サッカーが上手くなりたいと思う純粋な気持ちを持ち続けて欲しい。
プロサッカー選手になっても永遠に持ち続けて欲しい。

「サッカーが上手くなりたい」と追求し続けられたらなんて素敵なことだろう。

そんなサッカー大好き少年との出会いが僕の人生。

34_1昨日、ヤスさんから電話があった。ヤスさんと話しているといつもエネルギーが沸いてくる。やる気になる。鹿児島と八ヶ岳で思いは同じ。その時もカズさんの話しをした。
ヤスさんは弟のカズさんをサッカー人としてリスペクトしている。なんて素敵な兄弟なんだといつも感じる。
昨年ヤスさんから送られてきた写真。
「上手くなりたい!」って小さいときから50歳超しても今も続けているヤスさんとカズさん。

今日から9月らしい

今年の夏も全力で毎日過ごしていたらいつのまにか9月になりました。(笑)
今年は毎年ずーっと手伝ってくれていた料理のオバチャンが東京へ帰ってしまったこともあって、日中炎天下で汗流して帰ってきて、厨房でもビッショリ汗流していました。
メニューがいつもと微妙に違ったことに気づいた方は理由がわかったと思います。(笑)
それ以外にもセレクションで大阪行ったりで多忙を楽しみました。

流石にハードだつたけど、厨房でサラダ作ったり、皿洗いしたりしていると、色々見えてきて、なにもこの時期にやらなくても良いのに床タワシで掃除したり、換気扇ダクト油まみれになって掃除したり。一日に何度シャワー浴びたことか。(笑)

それでも原点に戻れるというか、とても楽しかった。
働くって本当にしあわせです。

おかけで8月のブログは1回しか書けませんでした。ブログ始めて13年間で初です。

また、今年の夏も沢山の新しい出逢いがありました。
それはそれでとても刺激的だし楽しい。
これから深いお付き合いしいく方はどのくらいいるのだろうか。
数人は相通じた人いたのでこれからのお付き合いが楽しみでいる。

でも一番は毎年の同志との再会がなによりも俺の一番のモチベーションであることは間違いない。
DENの厨房で新鮮な料理出してあげたいとか、美味しいと言ってもらえる料理作りたいとか、皿洗いやるモチベーションも彼らとの再会なくしてはあり得ないと思う。
一年に一回会うだけで、お互いの生き方が確認できる。
一緒に呑むビールは格別である。

フットボールクラブで監督を続けているのも同様。
毎日顔を合わせる子ども達の真剣な姿からやはり同志であると感じるからだ。
だからこの子達が少しでも良い方向に導けるように全力で支援したいと思う。
うちのクラブに、田畑に預けて本当に良かったと言ってもらえるように全力でこの子達と向き合つていきたい。

昨日もワイドショー少し見たけど、毎日のようにスポーツ界の指導者と選手とのパワハラだとか録音テープだとか動画だとか本当にありえない時代になったものだ。

親が子供を殴ることさえも愛ではなくて、本当に虐待している親もいる時代らしい。

何が真実なのか、わからない。
カワイイ女の子が実は男であったなんて時代だからね。

だからこそ、そんなに深い付き合いでない方々のご意見に惑わされず、SNSに踊らされず、匿名のYahoo!アドレスメールはスルーして、毎年DENで再会する同志と毎日グランドで真剣に汗を流す子ども達を信じて、自分で真実を見極めて行動していくことが、ブレなく人生を楽しんで行く道だと思っています。

どうにか、フットボールと日常を綴るブログもですが、自分の人生観をストレートに書く月1回コラムは再開したいと思います。

今日も、厨房で汗を流してからグランド行きます。(笑)

若者から同世代そして先輩の同志のみなさん!
これからもお付き合いの程よろしくお願いいたします。

感謝!
田畑雅宏

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学生時代一緒にプレーしていた友人であり今は某クラブ代表
35年間一緒にいて初ツーショツトと知る。(笑)
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久保田さんチームとは近くの川で試合の合間にクールダウン兼ねて遊びました。
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大阪の変な監督(笑)と思っていたら毎年付き合ううちに仲良くなりました。(笑)
お土産ありがとうございました。
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今年も数名OB保護者様から。本当にありがたい。いつも仕事後の一杯で頂いています。
やはりそのOBを思い出すし今どうしているか気になるものです。感謝。
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こちらも大阪から。コラボTシャツを作成してくれました。
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毎年来て頂いています某剣道部の外部講師であり女性剣士最高位7段のOさんからのお土産、他にも毎年手縫いの小物入れとか頂きます。エネルギーも頂いております。(^^)!86
横浜、千葉、そして大阪と今年はセレクションでした。写真はJ^GREEN堺での夕焼けです。
緊張しながらも真剣にピッチでプレーしている選手全員に対して、日頃はきっと今の何倍も良いプレーしているんだろうなと思いながら、私も真剣に少しでも良い所を探し続けました。
※誰も早朝は厨房で料理作っていたなんて思っていないだろうなと思いながらピッチにおりました。(笑)

写真載せきれませんでしたが皆さんありがとうございました。

欧州でプロになり日本サッカー界に革命を起こしたい!

僕が小学生の頃からの付き合いである地元山梨のサッカーチーム、グランデアメージングアカデミーフットボールクラブ監督である田畑さん!

簡単に田畑さんとの関係を紹介させて頂きますと、僕が幼少期ずっとサッカーをしていたトラベッソというチームのライバル的なチームの監督さんで、小さい時から大変可愛がって頂いていました。スペインにいた際にも鼓舞して頂いていましたし、オフシーズンで一時帰国した際には毎日のように練習試合をさせて頂いていました。第2の原点と言っても過言ではないですね。

今回対話した内容はというと、前々からご相談させて頂いていたスペインへの挑戦に関して詳しい日程やこれからのビジョン、クラウドファンディングの現状報告や田畑さんがこれから行おうとしていることを中心に話をしました!

山梨県北杜市八ヶ岳という田舎より田舎ともいえる場所でサッカーを指導している田畑さんですが、まあ日々会うごとにやる事が大きくなっています。びっくりです。昨日も色々とお話を聞かせて頂いたのですが、正直、そんな小さなコミュニティから大事を成そうとしている事実に驚きを隠せません。僕は無理があると思っていました。でもやはり環境っていうのは、あまり関係ないのかもしれませんね。発信力に関しては。

僕がいたトラベッソというサッカーチームもそうですが、試合に勝った負けたの「結果」というのは育成年代にとって実はあまり重要ではなくて。要は根本的な「サッカーの楽しさ」を学ぶ環境を創ることが大事なんだと思います。トラベッソもグランデも日々の練習はハードです。バチバチ削り合いますし、勿論時期によっては走ったりボールを使って追い込んだりします。ただ、それだけでは「サッカーの楽しさ」なんか分からず、むしろサッカーを嫌いになってしまうと思うのですが、秋山さん(トラベッソ監督)にしろ田畑さんにしろ、そこにプラスアルファ「楽しさ」を持ってくるのです。付け足してくれるのです。

「追い込む→きつい→追い込む→嫌いになる」

という方程式ではなく、

「追い込む→きつい→世界に近づいてる→嬉しい→追い込む」

という方程式なんです!

だからよく僕は、オフの日とか皆んなと集まってご飯を食べたりしたあと、歩いている帰り道とかいきなりダッシュして追い込み始めますし、恋人とのデート中いきなり腕立てとかも始めたりします。笑 もちろん皆なからは「変人」だとよく言われるのですが。それくらい楽しいんです。追い込むということは。マラドーナに近づくということは。

少々長くなりましたが、田畑さんはそれを理解してくれる人です。普通の人には理解してもらえないです。秋山さんと田畑さんは見えない世界を見ようとしている人たちです。僕もそれを見たいです。だから世界に出たいのです。世界で暴れたいのです。

田畑さん、昨日はありがとうございました!これからも引き続きよろしくお願い致します!
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ルイが先日会った翌日に書いた文面です。
ルイこと宮川類は10歳から15歳までスペイン1部アトレティコマドリードのカンテラにいた。
慶應義塾大学ソッカー部中退を経て、再度スペインで挑戦する。

グランデの選手ではないが、グランデの選手だと俺は思っています。
だから、ルイが子どもの頃から、こころでは繋がっていたと思う。
今津祐太やタイガなんかもそうだし、ヨシカズもそうだな。横澤直樹君なんかとも6,7年の付き合いだけど小淵沢で夕飯食べた時、グランデの匂いが充満していた。

俺はグランデのチームの子だけがカワイイわけではなくて、サッカーが大好きで、大好きで、向上心を持って挑戦し続けている子が大好きなだけ。
だから敵のチームの子であろうが見方だろうがあまり関係無くて、未来を見続けている目の輝きある少年が大好きだ。
それがグランデの子全員だったら最高だと思っている。

俺は、そんな連中をサッカーの同志だと勝手に思っている。
たまたま俺が年上なだけで、みんなより、知識と経験が多くて、立場が監督で、子ども達からみたら雲の上の存在???もしくはお父さんみたいかもしれないけれど、サッカーの情熱が同じなのだから、やっぱり、同志なんだと思う。

そして、そんな同志の挑戦する若者に自分ができること、自分の夢を託すことが、今の俺の生きがいであり、役目だと思っている。

ルイが、今回、スペインに挑戦することは本当に素敵なことだと思う。
名門慶応大学よりも、自分のこころを優先したことに敬意を表したい。

そんなルイの「スペイン・挑戦・日本サッカー・革命」のフレーズが
同じタイミングでほぼほぼ俺の挑戦と相通じていてルイとの目に見えないエネルギーのご縁を感じている。

そんなルイが今、クラウドファンディングで資金を集めています
もちろん私も支援金を送りました。

みなさんの大切なお金ですので無理は言いませんが、少しでもルイに自分の夢を託して支援してくれたら嬉しいと思いクラウドファンディングの情報も書きました。

ルイ、俺とお前と、どつちがサッカー楽しめるか勝負だな(笑)

¡Que tengas buena suerte!

28ルイが中学生1,2年生?の時に俺にくれた色紙。

S__12042246つい先日一緒にメシを食った時の一枚。サッカーの同志(笑)
サッカーの楽しさ!負けないぜ!