Informe de España~Turismo

スペインに10日間いて、ほとんどサッカー場にいました。
実は、娘がオーストリアの大学に留学中でした。
1日だけでもウィーンに行って会おうかと話しをしていました。
そんな会話自体が、八ヶ岳の田舎オヤジがしていることなんて想像できませんでした。(笑)
結局、朝から夜遅くまでサッカー漬けで、時間は作れませんでした。
もちろん観光も諦めていました。
それでも、肌で感じた歴史の重さに触れられ、行く先々で目に入ってくる景色には、ただ、ただ、感動の連続でした。
とにかく、至所に、銅像があり、公園があり、古い町並みが調和していました。
次回はゆっくりと街中を歩きたいと思いました。
※でも、やはりFutbolを見て歩くんだろうな。

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スペイン2日目、最初に行った世界遺産サクラダファミリア。
100年以上経っても完成していないというだから凄い。一番行きたかった所。
地下鉄でグラシア駅からサクラダファミリア駅下車、地上に上がった瞬間にこの建物が現れて!感動でした。
うちのスタッフの友人がサクラダファミリアの建築に携わっていて私は面識ないのですが訪ねていけばと言われておりましたが時間がなくてお会いできませんでしたのが少し残念でした。

バルサキャンプの子供達の観光バスに便乗して、モンジュイックの丘に連れて行ってもらいました。(^^)!
ここは歴史的に様々な紛争が繰り返されたとこらしく、なんでも、市内が一望できて、バルセロナの戦略的要塞だったらしいです。
カタルーニャ考古学博物館とかもありました。
中に入りたかったけど閉館に近い時間でした。
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カタルーニャ考古学博物館の頂き。
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フットボールマニアにも行ってきました。(^^)!
KAMO スポーツみたいな感じです。
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最終日は、ジョアン・ガンペールで15:00頃まで過ごして、始発のSant Feliu|Consell ComarcalからMaria Cristinaまで行って、そこから地下鉄に乗り換えカタルーニャ広場に行って、半日市街を歩きました。
アメリカ人らしき家族連れに道を尋ねられました。(笑)
カバンも持たず、ジーパン、スニーカーのいつものスタイルで早足で歩いていたからだと思います。
地下鉄のドアも観光客らしき方に開けてあげられました。(笑)
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カタルーニャ広場
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石畳に歴史が感じられました。Baixada de Viladecols

このおじさんの音色にひとり酔いしれました。(笑)
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何気に至所にステンドグラスあり。
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公園の水道にも歴史というか・・・オシャレです。322
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ピカソの壁画らしい。
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Plaça del Rei 王の広場
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市場は混雑していました。クリスマスの熱気でした。
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カタルーニャ選挙を控えてか、小さなデモはありました。(^^)!
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グラシア通りにあるガウディのカサミラとカサ・バトリョ331

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夜のカタルーニャ広場は綺麗でした。329
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カタルーニャ広場前は朝から晩まで POLICIA さんが待機していました。(^^)!
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降りる駅間違えたけど一駅だけだったので ¿Perdone donde esta el Corteingles? で通じたので歩いて来れました。(笑)
ホテル近くのデパートの前ではなんだか賑やかでした。
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バルセロナオフィシャルショップで買い物してきました。

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電車の中に、普通に犬がリード無しで乗っていた。
日本ではありえないだろうな。

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ラストに滞在したバルセロナ市内のホテル。
私には似合わないほどオシャレでした。(笑)
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いよいよ、日本へ帰るのですが、スペイン語も英語もしゃべれないオヤジ1人で、まず、ホテルからバルセロナ空港まで行けるかから始まり、空港で手続きができるのか・・。
案の定というか、苦戦しました。
正直、日本人の一人か二人は空港にいるだろうと思いましたが誰もいませんでした。
英語もろくにしゃべれず、スペイン語の単語で・・スペイン人の同世代のご夫婦に聞いて・・・搭乗手続きができました。
その方も飛行機は慣れていなかったようで結構時間かかりました。(笑)

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これで、もう安心と思い。
搭乗口も確認して、あと1時間あるのでカフェで一服していました。
搭乗15分前で並びだしたら、なんとその搭乗口はエジプト行きの表示(^^)!
よくよくスペイン語と英語のアナウンスを聞くと、どうもゲートが変わったみたい。
急いで100メートル近く走って搭乗口に間に合いました。
流石に焦りました。(笑)
そんな初心者海外旅行でしたが、ほんと楽しかったです。

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※シャルル・ド・ゴール空港で成田行きに乗り換え待ち。
※娘の滞在しているオーストリアはパリからも近いのにと思いながら・・・。
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※中央奥に小さく見えるのが富士山です。

そんなスペインへの旅でしたが、どうにかスペインを脱出し、パリ経由で日本へ戻ってきました。

日本の便利さも感じた半面、日本が世界の常識ではないことを身をもって学ぶ事ができました。
日本の中の蛙にならないようにしなくてはいけないと思いました。

そして、改めて、Fútbol は素晴らしいと実感しました。
何故ならば、カンテラのコーチや関係者の方々とは勿論だけど、サッカー場で、子供の試合を応援していたお父さんやお母さん達とスペイン語喋れなくても、なんだか意志が通じ合えた瞬間をハートで感じる瞬間が沢山あったからです。
一緒にゴールした瞬間喜んでしまいました。

だからこそ、自分のクラブの保護者さん達と、今以上にリスペクトの関係を作りたい。
それもグランデに戻したひとつ。
昔のグランデの保護者さんとは今でも楽しくお付き合いがある。
そんな関係だからこそ、おこさんを叱れるし、AとかBとか関係無く付き合える。

スペイン楽しかったな!
スペインはまた行きます!

Informe de España~CampNou

ついに、欧州最大のスタジアムCamp Nouへ来ました。
スタジアムで生メッシ観戦です。(^^)!

1982年スペインワールドカップ準決勝 ロッシが2得点してポーランドを撃破したゲームはテレビで観戦していました。
そのスタジアムがカンプノウでした。
決勝戦はサンティアゴ・ベルナベウで、イタリアがドイツに3-1で優勝しました。
マルコタルデリの決勝点の走りながらのガッツポーズ叫びは今でも鮮明な記憶に残っています。この頃のユーベのユニフォームが一番カッコイイと思っています。

カンプノウは当時は12万人収容でしたが、今ではFIFAの規約で9万9千人になったと思います。
同時期にマラドーナのバルサがレアルに2-1で勝利した国王杯決勝も凄かったです。
他にもバルセロナの本拠地として数々の熱狂に包まれた世界最高のスタジアムであることは確かです。

何故だが、スタジアムが見えてくると、走りたくなります。早歩きになってしまいますね。(笑)
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息子達がまだ小学生で一緒に来ていたら絶対買っていますね。(笑)
ユニフォームとマフラー巻いて応援していますね。(笑)

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スタジアムの壁には世界中のバルセロナのファンクラブ(ペーニャ)のプレートが掲げられていました。300以上はプレートがありました。
聞いたら、バルセロナ公認で3.000団体以上世界中にあるって言っていました。
何人世界中にバルセロナファンがいるんだろう。
一人年会費1.000円だとしても・・・規模が凄すぎます。

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私の生まれた歳のファンクラブを見つけました。
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こちらはDENを創業した1988年を見つけました。

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ハンガリー出身の当時バルセロナの選手であったクバラ(Ladislao Kubala)選手の銅像。スタジアムの入り口にありました。
みんな記念撮影していました。アメリカ人と中国人シャツター押してあげました。

1950年代のバルセロナ黄金期スター選手で、スペイン代表監督も10年以上就任した偉大な方らしいです。
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そんなクバラさんの銅像を観ている地元のオヤジを見ている日本から来たオヤジの風景(笑)
なんか、良い風景でした。
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感動の瞬間!!!!
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実はバルサエリートキャンプで同時期に来ていたキラとタケルにカンプノウで会えました。
もちろん飛行機や滞在期間も含めて、行動はずっと別々です。
バルセロナのこの地に八ヶ岳の監督と選手が一緒にいる事自体が奇跡です。
そんなカンプノウを背景にした奇跡のスリーショット(笑)
数年後、八ヶ岳の選手がピッチに立っている姿を背景にしたショツトが実現したら笑っちゃうだろうな(笑)398
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スタジアムラストまでいました。警備員さんから早く出てとおそらく言われました。
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世界最高峰のクラブチームのスポンサーが20年前はまだ誕生していなかった日本企業なのだから、田舎の八ヶ岳が20年後に大きく進化していても不思議ではない。(笑)
選手の君達も同じだよ。

楽天的に行きましょう!

Informe de España~Qué rico

スペインでの食事はすべて美味しかったです。
ただ、どれもカロリーが高めでした。(^^)!

スペインの滞在中、出されたものは全て完食しました。
よって・・・食べ過ぎました。正直太りました。
おそらく私はこの食生活は納豆と味噌汁も恋しくなりましたが対応できると思いました。

スペインではDesayuno(朝食)は軽めだそうです。
クロワッサンとコーヒーが定番らしいです。
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サンツ駅で朝食。Por favor, dame cruasanes, bollos de chocolate y café con leche.
片言のスペイン語でどうにか買えました。(笑)

カタルーニャ広場前のTXAPELAといピンチョス・バルでAlmuerzo(昼食)。318
358359Qué rico  美味い!
ピンチョスはパンに串で刺してあるつまみらしい。

357カンプノウの近くのタパスで中国から来た方と4人で夕食(cenando)。
タパスとは小皿料理のことらしい。386
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376Estación de Barcelona Sants(サンツ駅)から3時間30分。特急終点のEstacion del Nord(ノルド駅)でAlmuerzo(昼食)。

Nord(ノルド駅)からローカル線で40分。Vela-real 駅に到着。
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上がバルセロナのPaellaパエリア。わりとシンプルなシーフード。
お米はサフランではないのでブラウンです。雑炊に近い感じ。

下はバレンシアのヴィラレアルのパエリア。
黄色サフランとオリーブオイルと豆や野菜や鶏肉等具沢山。
お焦げが美味しかったです。

私が想像していたパエリアはやはりバレンシアのパエリアでした。
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パエリアをご馳走してくれたビジャリアルのコーチが案内してくれた地元の人々で満席だった、バルセロナのカンテラ寮と同じ名前の「LA MASIA」(^^)!
363「LA MASIA」の入り口のタイル画

ヴィラレアルの夜
一人じゃ絶対歩けない。(笑)
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ヴィラレアル。あのビジャリアルの本拠地のバレンシア州カステジョン県にある人口4万人規模の小さな町。
ビジャリアルのコーチが美味しいお店を案内してくれました。

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たこの丸焼き・・・Es súper delicioso!
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基本、どこのお店行っても、デザートとカフェは聞かれた。
日本とは少し違う。
で、テラミス頼んだら、巨大でした。(笑)
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ホテルでのDesayuno(朝食)
一番右がTortilla(トルティーヤ )。
スペイン定番のじゃがいもとたまねぎが入った分厚いオムレツです。

3日後、カステション経由でバルセロナに戻り、浜田さんとAlmuerzo(ランチ)。
「MUSSOL PEDRALBES」ここのお店は美味しくて人気店らしい。
基本お店が開くのは14:00からで、13:55分に行ったけど電気もドアも閉まったままでした。
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167この生ハムはガーリックトースト乗せて挟んで食べる。絶品です。165メインはステーキ。腹一杯

260Supermercado(スーパー)は果物と生ハムコーナーが目につきました。
後半3日間は一人行動でしたのでスーパーマーケットで買い物して、朝食は部屋で済ませました。
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全て巨大生ハムです。3つのスーパーに行きましたが、どこも生ハムコーナーがあり、オレンジは量り売りでした。
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332一人でタパス店やバルにも行きました。
タパス店はメニューに番号が記載してあるので楽でしたが、
BAR(バル)は相手の言っている事がほぼ理解出来ず・・・入れ墨のマッチョさんが沢山いて、Una cerveza, por favor! と Esto por favor. でメニュー指しながら・・・流石に緊張しました。(笑)

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ついに最終日、デパートの地下の食品売り場で・・・SUSHIを買ってしまいました。醤油とワサビがこんなに美味しいとは(笑)

9日目、ラーメンがやたら食べたくなりました。
成田に着いて最初に食べたのはラーメンでした。(笑)

Informe de España~Catalunya

昨年の2017年11月下旬から12月上旬までスペインへ行っておりました。

余談ですが、たまに「田畑さん監督なのにマメにブログ書く時間よくありますね」って聞かれますが、ブログはうちの選手達やOB選手達に何か役に立たないかなって思って書いています。
あとは自分のメモ帳です。
なので、サッカーの延長のモチベーションなので継続できているんだと思います。
もう、13年?1000記事近く書いています。
ビール呑む時間を少し我慢して、もう一踏ん張りで結構深夜に書いています。(笑)

で、
本当はカッコよく、スペイン報告ブログ書こうと思えば思うほど後回しになっていました。
一日が36時間欲しいですね。(^^)!

で、
見直さず写真中心で一気に何回かに分けてアップすることにしました。
まとまっていないけど選手のみんなが、「俺もスペイン行きたい!」って感じてくれたら嬉しいな。

また、
自分の感覚と自分の感じた解釈ですので、実際にスペインへ行った方から違うよとご指摘を頂くかもわかりませんが、適当にスルーしてください。(笑)

スペイン・バルセロナ。
近年はカタルーニャ問題でサッカー以外でも世界を賑わせている地域。

正直、バルセロナに来るまでは、なんで独立したいんだろうと思っていました。
カタルーニャ自治州750万人。
東京都が920万人程度だから、東京が一つの国として独立運動するなんて日本では想像ができないし。
どれだけのメリットがあるのだろうかと・・・。
デメリットの方が大きそうと思っていました。

バルセロナに来て、地下鉄、バス停等、カタルーニャ語なんです。
もちろんスペイン語もその下に表記されてはいました。
恥ずかしい話しですが、スペインに来るまでは、カタルーニャ語は関西弁のようなものかなと思っていましたが、全く違う言語ということを知りました。
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バルセロナ空港(Aeroport de Barcelona)。一番上はカタルーニャ語が表記。

新聞もカタルーニャ語でした。
本屋さんに行ってもカタルーニャ語とスペイン語と2種類が販売されていました。

例えば「魚を食べる」は、スペイン語だと「Comer pescado」、カタルーニャ語だと「Menjar peixos」と全然違う事も初めて知りました。

要は、元々がカタルーニャとスペインは違う国であり、カタルーニャ人とスペイン人は違う。
カタルーニャ人としてのプライドを持って生活していることを感じました。
日本と韓国がひとつの国であったらと想像すると理解できると思います。

だから、生まれ育った方々が自分の地域を愛しているように、文化が違う、歴史的背景が違う。
損得ではないことが、現地に来てみてわかりました。

そして、観光はほぼゼロでしたが、サクラダファミリア、カサミラ、カサバトリョ等世界遺産に登録されている歴史的建造物そのものが、カタルーニャ人の歴史であり、プライドなんだとあらためて感じる事ができました。
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一人で地下鉄乗って訪れたカサバトリョ。
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今回のスペインは、いくつかのカンテラ(下部組織)を視察するのが目的でした。
その合間で、中には入れませんでしたけど、サクラダファミリアを観られました。
アントニ・ガウディの作品が街に溶け込んでいる様子そのものがカタルーニャの象徴に感じました。
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カタルーニャ広場

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見上げる建物からはカタルーニャの旗があちらこちらから掲げてありました。
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バルセロナ市役所。
Ajuntament de Barcelonaとカタルーニャ語で表記してあり、公的な場所でスペイン国旗の横にカタルーニャの旗が掲げられている。日本では考えられない。181
バルセロナ大学はカタルーニャの旗だけ掲げられていた。
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カンプノウも、もちろん。バルサとカタルーニャの旗のみが掲げられておりました。

夜は中国から来ていた野口さんと高橋さんと浜田さんと4人でタパスとパエリアを食べました。
バルセロナのパエリアはバレンシア地方と比べると少し違うそうです。
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毎日が食い倒れでした。(笑)

次は、comida(食事) について書きます。(^^)!

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2018年初蹴り

2018年。
あけましておめでとうございます。

長男は関西方面へ転勤となりましたが、嫁さんと、1歳3ヶ月の孫も八ヶ岳へ来てくれました。(^^)!
孫の前では、顔も声もヘナヘナです。
それでも来た時は泣かれてしまいました。(笑)

次男とは昨日の蹴り納めも一緒にプレー出来ました。
次男からは同じ指導者として色々と学ばさせてもらっています。

長女は欧州に留学中で、ライン電話で話しをしました。
私も語学力の大切さを痛感しているだけに羨ましいです。

昨日の蹴り納めの筋肉痛が残る中でしたが、楽しくボールを蹴る事ができました。

今日は、正直、ボール回されて、息が上がってしまいました。

歳をとったと思う半面、息子達も成長したなと思う嬉しさと半々でありながら、どうにか時間作って筋トレと1週間に1回は10キロ走ろうと考えている自分がいます。(笑)
どうも、まだまだ負けたくない気持ちがあるようです。よわったものです。(笑)

それでも、こうして元日に息子達とボールを蹴っていると、初心に戻れます。
初心を思い出せます。

純粋にボールを蹴る事の楽しさであったり、親と子で一緒に汗を流せる事のありがたさであったりです。

お正月は毎年休み期間を長く確保している事も、実はこうした時間を大切にして欲しい願いからもきています。

もちろん急な雪等も考えると、無理せず、焦らずが一番です。
一年の始動は充分にエンジンを暖めて、その後はアクセル全開で描いた目標に向かって突き進むためでもあるのです。

こころを整えないと、なんにもなりません。
これは私達指導者も同じなんです。
指導者達も家庭があるということです。

息子達がヨチヨチ歩きの時から一緒にボールを蹴っていました。
大人としても、サッカーの指導者としても、今の半分にも満たない知識しかなかった若造だったと思います。(笑)
それでも、あの時は、あの時で、楽しかったです。
そんなものです。

だから、うちのクラブの選手達にそれぞれ家族があって、
振り返ると、若き自分は、
小学生の息子がいた時期があり、
中学生の息子がいた時期があり、
高校生の息子がいた時期があり、
大学生の息子がいた時期があり、
今は社会人の息子がいる時期になりました。(笑)

だから、その時を振り返ると、その時、その時の親の心情もなんとなくわかります。

だから、小学生、中学生の息子さんがいる親の心情も大切にしてあげながらも、その先の時期にうまく繋がるように、その先の時期で何が必要となってくるのか、私の経験や知識を少しでも選手達に伝えて、大人になったときにむけて良い方向へ導けたらなと思っています。

そんなわけで、2018年も、サッカーを真剣に楽しみますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2018年 元旦。田畑雅宏
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