初蹴り2019

2019年元旦も恒例の初蹴りでした。

毎年ボール蹴って、その後、遅めのお昼を食べながら、天皇杯の決勝をテレビ観戦するのがお決まりでした。

女子の決勝戦はありましたので少しは良かったのですが、やはり物寂しい気がします。
Jリーグや世界のサッカースケジュールに合わせていくことはもちろん大切なことは理解しています。
天皇杯が日本サッカーの風物詩として、娯楽としての地位が確立しているのであれば、どうにか元旦開催が継続して欲しいという願いがあります。

天皇杯サッカーだけではないけれど、40年間以上も1月1日に天皇杯決勝を観戦し続けてきた私には、なんだかお正月が特別な日で無くなっていくようで寂しさを感じてしまいます。
高校サッカーは育成ですのでお正月の風物詩ではなくなってくるのは寂しくても我慢しますが、大人のサッカーは一般人も楽しめる環境をどう作っていくかだと思います。

それでもこうしてサッカーを楽しめること、息子達とボールを蹴れる元旦に感謝しかありません。

ビールとおせち料理と間食で・・・ヤバイです。(^^)!

元旦はのんびりと過ごしています。

感謝!

20

7

2019年頭所感

新年あけましておめでとうございます。
DEN設立と共に昭和から平成となり、DENは30年間、平成と共に駆け抜けてきました。
この間に3人の子宝に恵まれ、今は3人とも立派に成人しました。
今、思えば、子育ての30年間でありました。

また、少年団設立、フットサルクラブ設立、ジュニアユースクラブチーム設立、特定非営利活動法人設立、市スポーツ総合施設指定管理受託、Jリーグヴァンフォーレ甲府業務提携等、全てが町、市、地域、山梨、日本において試行錯誤を繰り返しながらも初めての試みを成立させてきました。
全てのプロセスが自身の知識と経験と人脈となりました。

そして、多くの出会った人生の諸先輩方から人間としての基礎を学んだ30年間でもありました。
戦略の前半戦は「自身を育てる」「自身を作る」「子ども達から学ぶ」すなわち「学びの30年間」がキーワードであったのだと思います。

本年は新元号と共に次なる仕上げのステージへ挑戦する節目の年になります。

数々の実績を残されてこられた諸先輩方には大変生意気な言い方に聞こえてしまうかもしれませんがお許しください。
けっして驕り高ぶる気はありません。
サッカーに例えるならば、ワールドカップ本戦出場することが目的の試行錯誤のレベルから、さらにはグループリーグ突破が目標のステージは終え、こうすれば本気で優勝を狙える微かな光が見えてきたステージまでたどり着いた。
そんな感覚のレベルに近づいてきたように感じています。
どんな世界でもこのわすがな距離が近いようで遠く困難であることはいうまでもありません。

ここからは、地力があることは当然であり、運をも味方に付ける日頃の地道な鍛錬による経験と知識の差が勝敗を分ける芸術的要素が加わる勝負の後半戦であります。

平成の30年間コツコツと地道に学んできた知識と経験量、そして地道に築いてきた沢山の友人や知人、地域のみなさま、全てのみなさまとの信頼を失うこと無く、私自身がこれからも前半戦同様地道にコツコツと新しい知識を学び続け、そして次世代の後進も育てる所存でおります。
そんな勝負の後半戦は「蓄積から共有」「他者を育てる」すなわち「育成の30年間」がキーワードとなります。

サッカーを通じて人並みの生活を過ごさせていただき沢山の学び経験が積めた前半戦への感謝を込めて、後半戦は微力ながらも育てて頂いた地域、そしてサッカー界への恩返しをしていきます。

みなさまからのご指導ご鞭撻を糧に、感謝のこころを忘れず、一歩一歩確実に進んでいきたいと思います

本年も変わらずお付き合いの程よろしくお願いいたします。

敬具

2019年元旦
田畑雅宏

2

プリント

2018蹴り納め

明日から2019年がスタートしますが、
本日2018年12月31日もOBや現役選手の一部と汗をかきました。

かなり劣化してきましたが、まだどうにか2時間フルに動けることに感謝しかありません。
自分がボールを蹴ると、毎日身体を作っていたいと思ってしまいますが、それは諦めてもいます。(^^)!
そんな私にOB達は気を使っていただきゴールを沢山決めて気持ち良く2019年に繋げる事が出来ました。
ホントありがとう!

2018年はグランデアメージングアカデミーに変わった一年目ということもありあっという間の一年でした。
これだけ沢山日帰りで東京へ行ったのも記憶にないし、ETC料金は破格となってしまいました。汗

それでも、この歳になっても夢に向かって自分の好きなことに夢中になれることに感謝しかないです。
私は支えてくれている、妻や子ども達、そして友人たち、サッカー仲間、クラブの保護者様や選手達、地域のみなさん・・・。
自分にできることを全力で来年も謙虚に力強く、粘り強く、正しい努力で突き進みます。

今年一年、ご縁のあったみなさまにはたいへんお世話になりました
来年も引き続きよろしくお願いいたします。
ご家族共々良いお年をお迎えください。
感謝
2018年12月31日
田畑雅宏

2018123101
気軽に楽しく今年もケガ無く楽しめました。
102
孫です。(笑)

Temporada de manzanas 2018

今年も恒例のDENリンゴの収穫に妻と行ってきました。

毎年、この時期、妻と二人ででかけて太田さんご夫妻とお話しをするひとときは私にとって、とても楽しみな時間にいつのまにかなっていました。

夏の繁忙期を終えこの時期になるとようやくお客様も落ち着き、今年もどうにかやりきれた感謝も含めて太田さんにお会いできるからだと思います。

あとは年末に向けての準備といったところでしょうか。

子ども達と5人で出かけていたリンゴの収穫祭も10数年の歳月とともに妻と二人となりました。(^^)!
ここ数年はいつもの蕎麦屋さんでお昼を食べるようになっています。

今回も2時間以上もリンゴ畑で太田さんと話しをしていました。
年期の入った農協の帽子と深いシワと日に焼けた笑顔からのぞく銀歯の太田さんと話しをしていると何故かこころが安らぎます。

「農家は斜陽産業だからな、跡継ぎは減っていくがやねー」
「仕事はキツイでなー」
「んだけど、おらっちは、誇りもってリンゴ作っているからねー」
「適当にゼニ儲けでリンゴ作らんがなー」
「オレッチの魂だかんなーリンゴはー」
「まぁーゼニはタンマリ欲しいけんどー(笑)」
「今はもっぱら、かあーちゃんとパチスロ行くのが楽しみだがねー(笑)」
「損はしてねーつもりだけんど・・わからん(笑)」
「次男坊も嫁もらって家建てだがやー」
「この嫁が学校の先生辞めてリンゴ手伝ってくれてなー」
「まあー働き者の嫁でおらー気にいっているでーなー」

話しは日々日常のたわいもない会話です。
日頃、たわいもない会話がなかなかできない立場となってきて、会話自体にも神経を使う時が増えております。
それだけに、たわいもない会話がどれほど素敵なことなのかを感じます。
世の中、全てがそうなったら本当にお互いが楽しいだろうと思います。

リンゴ畑でリンゴの香を嗅ぎながら、本当にのんびりとしている時間こそ、お金で買えない大切な時間であると思います。

私のクラブも、お金で買えない大切な時間であるようにしたいです。
そして、選手達や保護者さん達との関係もお互いを信じ合える関係をさらに深めていきたいです。

日々日常に感謝して、今日も前へ進みます。

59
60
56

NAGASAKI

週末、私用で長崎へ行っていました。
観光目的ではなかったのですが平和公園とグラバー園にはどうにか行くことができました。
平和公園に隣接の1945年8月9日、原爆落下爆心地と原爆資料館も行きました。
人類史上において使用された最後の核兵器が投下された長崎。
熱風で溶け落ちたガラスビンや爆風でねじれ曲がった鉄塔、人骨と石と砂利で固まったもの、当時の被爆地の悲惨な写真の数々・・・。
長崎に原爆投下された経緯、そして改めて核兵器の恐ろしさを感じました。

私達は幸せだと感じずにはいられません。
サッカーができる幸せが当たり前だと思ってはいけません。
この日常が当たり前だと思ってはいけません。
時代が変わっても、どんなに便利な世の中になっても、
人間ひとりひとりの善悪正邪を判断できる人間性をしっかりと育んでいくことが大切です。

サッカーを通じて子供達と接する私達指導者自身が日々精進し人間性を高めていくことはサッカーコーチとしても、社会人としても当然の義務であると思います。

小嶺先生と会食する中、70歳を超されて未だに声を出し続けグランドに立ち続けてトップチーム等をご指導なされているとお聞きし、監督歴30年なんてまだまだ道半ばであることを思い知らされました。
ホント恥ずかしいです。
上には上が果てしなくいらっしゃるのは選手だけではない。
もっともっと人間としての器を大きくしていく必要を感じました。

週末のクラブ活動をコーチ達に任せての長崎でしたが、やはり来てよかったです。

全てに感謝しかない。

18
平和祈念像
天を指す右手は「原爆の脅威(長崎の過去)」を、水平にのばした左手は「平和(長崎の未来)」を示し、 顔は神でもなく仏でもなく、軽く目を閉じて静かに7万有余の戦争犠牲者の御魂の冥福を宗教を越えて祈る姿であるそうです。
16
4
石畳の総称として東山手地区一帯がオランダ坂らしいです。
8
美輪明宏さんの母校海星中学に向かうオランダ坂
19
遠藤周作がこの石畳の階段に座ってぼうっと風景を眺めるを好んだといわれている祈念坂。「解夏」など映画のロケ地ともなった
20
祈念坂から見る大浦天主堂
23
旧ロバート・ウォーカー邸
※わが国最初の清涼飲料水製造工場を設立したイギリス人。ジンジャエールを最初に作った人らしい。
24
グラバー園
10
長崎駅近くにあった聖福寺。ここも映画のロケで使われたらしい
9
15
浦上天主堂で礼拝が行われていました
6
路面電車・グランデカラー(^^)!
38
タクシーの運転手さんが長崎ちゃんぽん行くならここと教えてくれた中華街店ではない江山楼。スープに油が全く浮かんでいないのに驚いた。
11
福砂屋総本店
1
眼鏡橋→川に映る姿とでメガネに見える。会食に向かう途中にありました。
7
夜は長崎総合科学大学付属高校総監督の小嶺先生と会食させていただきました。
井田さんと小嶺さんは剛と柔に感じました。
S__14475284
長崎総合科学大学付属高校のホントに人柄のよい村山コーチと。
行きつけの美味しい鮨をご馳走になりました。28
いつも見る八ヶ岳の富士山も素晴らしいけど、機内から見る富士山も最高に素敵でした。手前は三浦半島です。

私が経験したことを、子ども達に還元していきます。