Temporada de manzanas 2018

今年も恒例のDENリンゴの収穫に妻と行ってきました。

毎年、この時期、妻と二人ででかけて太田さんご夫妻とお話しをするひとときは私にとって、とても楽しみな時間にいつのまにかなっていました。

夏の繁忙期を終えこの時期になるとようやくお客様も落ち着き、今年もどうにかやりきれた感謝も含めて太田さんにお会いできるからだと思います。

あとは年末に向けての準備といったところでしょうか。

子ども達と5人で出かけていたリンゴの収穫祭も10数年の歳月とともに妻と二人となりました。(^^)!
ここ数年はいつもの蕎麦屋さんでお昼を食べるようになっています。

今回も2時間以上もリンゴ畑で太田さんと話しをしていました。
年期の入った農協の帽子と深いシワと日に焼けた笑顔からのぞく銀歯の太田さんと話しをしていると何故かこころが安らぎます。

「農家は斜陽産業だからな、跡継ぎは減っていくがやねー」
「仕事はキツイでなー」
「んだけど、おらっちは、誇りもってリンゴ作っているからねー」
「適当にゼニ儲けでリンゴ作らんがなー」
「オレッチの魂だかんなーリンゴはー」
「まぁーゼニはタンマリ欲しいけんどー(笑)」
「今はもっぱら、かあーちゃんとパチスロ行くのが楽しみだがねー(笑)」
「損はしてねーつもりだけんど・・わからん(笑)」
「次男坊も嫁もらって家建てだがやー」
「この嫁が学校の先生辞めてリンゴ手伝ってくれてなー」
「まあー働き者の嫁でおらー気にいっているでーなー」

話しは日々日常のたわいもない会話です。
日頃、たわいもない会話がなかなかできない立場となってきて、会話自体にも神経を使う時が増えております。
それだけに、たわいもない会話がどれほど素敵なことなのかを感じます。
世の中、全てがそうなったら本当にお互いが楽しいだろうと思います。

リンゴ畑でリンゴの香を嗅ぎながら、本当にのんびりとしている時間こそ、お金で買えない大切な時間であると思います。

私のクラブも、お金で買えない大切な時間であるようにしたいです。
そして、選手達や保護者さん達との関係もお互いを信じ合える関係をさらに深めていきたいです。

日々日常に感謝して、今日も前へ進みます。

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NAGASAKI

週末、私用で長崎へ行っていました。
観光目的ではなかったのですが平和公園とグラバー園にはどうにか行くことができました。
平和公園に隣接の1945年8月9日、原爆落下爆心地と原爆資料館も行きました。
人類史上において使用された最後の核兵器が投下された長崎。
熱風で溶け落ちたガラスビンや爆風でねじれ曲がった鉄塔、人骨と石と砂利で固まったもの、当時の被爆地の悲惨な写真の数々・・・。
長崎に原爆投下された経緯、そして改めて核兵器の恐ろしさを感じました。

私達は幸せだと感じずにはいられません。
サッカーができる幸せが当たり前だと思ってはいけません。
この日常が当たり前だと思ってはいけません。
時代が変わっても、どんなに便利な世の中になっても、
人間ひとりひとりの善悪正邪を判断できる人間性をしっかりと育んでいくことが大切です。

サッカーを通じて子供達と接する私達指導者自身が日々精進し人間性を高めていくことはサッカーコーチとしても、社会人としても当然の義務であると思います。

小嶺先生と会食する中、70歳を超されて未だに声を出し続けグランドに立ち続けてトップチーム等をご指導なされているとお聞きし、監督歴30年なんてまだまだ道半ばであることを思い知らされました。
ホント恥ずかしいです。
上には上が果てしなくいらっしゃるのは選手だけではない。
もっともっと人間としての器を大きくしていく必要を感じました。

週末のクラブ活動をコーチ達に任せての長崎でしたが、やはり来てよかったです。

全てに感謝しかない。

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平和祈念像
天を指す右手は「原爆の脅威(長崎の過去)」を、水平にのばした左手は「平和(長崎の未来)」を示し、 顔は神でもなく仏でもなく、軽く目を閉じて静かに7万有余の戦争犠牲者の御魂の冥福を宗教を越えて祈る姿であるそうです。
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石畳の総称として東山手地区一帯がオランダ坂らしいです。
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美輪明宏さんの母校海星中学に向かうオランダ坂
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遠藤周作がこの石畳の階段に座ってぼうっと風景を眺めるを好んだといわれている祈念坂。「解夏」など映画のロケ地ともなった
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祈念坂から見る大浦天主堂
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旧ロバート・ウォーカー邸
※わが国最初の清涼飲料水製造工場を設立したイギリス人。ジンジャエールを最初に作った人らしい。
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グラバー園
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長崎駅近くにあった聖福寺。ここも映画のロケで使われたらしい
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浦上天主堂で礼拝が行われていました
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路面電車・グランデカラー(^^)!
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タクシーの運転手さんが長崎ちゃんぽん行くならここと教えてくれた中華街店ではない江山楼。スープに油が全く浮かんでいないのに驚いた。
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福砂屋総本店
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眼鏡橋→川に映る姿とでメガネに見える。会食に向かう途中にありました。
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夜は長崎総合科学大学付属高校総監督の小嶺先生と会食させていただきました。
井田さんと小嶺さんは剛と柔に感じました。
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長崎総合科学大学付属高校のホントに人柄のよい村山コーチと。
行きつけの美味しい鮨をご馳走になりました。28
いつも見る八ヶ岳の富士山も素晴らしいけど、機内から見る富士山も最高に素敵でした。手前は三浦半島です。

私が経験したことを、子ども達に還元していきます。

本当にサッカーが上手いとはどういうことか

本当にサッカーが上手いとは、風雪に耐え抜いた古木の年輪の如く、
それは、縄文杉のように深い年輪を刻む佇まいみたいな風格なんだと思う。

僕の知っている本当にサッカーが上手い人はKAZUさんだけ。

ドリブルが上手い、パスセンスがある。

タイミングが素晴らしい。

簡単にゴールを決める。

チームに貢献できるプレーをする。

才能に満ちあふれたプレーをする。

誰もが予想しないプレーをする。

試合を決定づけるプレーをする。

本当にサッカーが上手いとは、

僕はそんなことではないと思っている。

サッカーをリスペクトすればするほど、雅楽、能楽、文楽、陶芸、彫刻等の第一人者、伝道師や達人達と同様な選手しか想像できない。

だから、KAZUさんしか見当たらない。
もっとも世界にはKAZUさん同様な人はいるのだろうけど。

本当にという言葉が付くからには「上手い」という言葉にはもっと重みがあるべきだと僕は思う。

ハイテクな新建材の効率的なキレイな家と100年、200年と続く風格漂う日本伝統の木造建造物の綺麗さと比較することに意味を持たないのと同じように、本当にサッカーが上手いもまた、人間の魂の位と比例するものなんだと思う。

僕はそんな小さなプライドを持ってサッカー界の片隅で監督として子供達とボールを蹴っている。
気がつけば30年の歳月が過ぎた。

だから子ども達には、サッカーが上手くなりたいと思う純粋な気持ちを持ち続けて欲しい。
プロサッカー選手になっても永遠に持ち続けて欲しい。

「サッカーが上手くなりたい」と追求し続けられたらなんて素敵なことだろう。

そんなサッカー大好き少年との出会いが僕の人生。

34_1昨日、ヤスさんから電話があった。ヤスさんと話しているといつもエネルギーが沸いてくる。やる気になる。鹿児島と八ヶ岳で思いは同じ。その時もカズさんの話しをした。
ヤスさんは弟のカズさんをサッカー人としてリスペクトしている。なんて素敵な兄弟なんだといつも感じる。
昨年ヤスさんから送られてきた写真。
「上手くなりたい!」って小さいときから50歳超しても今も続けているヤスさんとカズさん。

DEN開業30周年記念

2018年5月12日大安土曜日。
ステンドハウスDEN開業30周年記念祝賀会を友人達が中心となり八ヶ岳・北杜市小淵沢町にて盛大に開催していただけました。

1988年5月1日。
今から30年前、同年4月18日に妻綾子と結婚し、入籍と共に25歳の若造が夢と希望を抱いてこの見知らぬ八ヶ岳の地へやってきました。

あれから30年。

この30年は、本当に浦島太郎の如くあっという間でした。
気がつけば髪の毛も真っ白です。(笑)

開業翌年の平成元年。
長男が生まれた時、この子の笑顔を見ながら「大学なんて出してあげられないだろうな、せめて高校はしっかり通わせてあげられるだけ頑張らないと」。
そんな事を思いながら日々汗を流しいていた若き自分を思い出しました。

それが3人の子供達をそれぞれ東京の歴史ある大学へ一人暮らしをさせて通わすこともでき(娘は大学3年ですが・・・)、どうにか銀行から借りたお金も予定どおり数年前に完済できました。

世間様に迷惑をかけず人並みの生活を過ごさせていただけている。
それだけでも本当に幸せなのに、こんなにも素晴らしい祝賀会を開催していただけたなんて本当に自分は運が良いと感謝しかありません。

DEN開業30周年記念祝賀会ですが、結婚披露宴のように二人で式典に入場でした。
何も聞かされていなかったので戸惑いました。(^^)!
来賓の皆様の円卓を妻と挨拶してまわりながら、30年前の結婚式がフラッシュバックのように蘇りました。
あの時、夢と希望を持った若かりし自分と妻がいて、沢山の方々に祝福されていました。

その時と同じように、30年経った今。
沢山の方々に祝福されている自分と妻が来賓の皆様の円卓を挨拶してまわっている。
そして、30年前と全く変わらず、もしかしたら30年前以上に、今なお夢と希望に満ちあふれている。
これからの人生にワクワクしている自分がいる。
やりたいことだらけの自分がいる。
本当に嬉しい事です。

そして、こんなちっぽけな私が、小さなDENのオヤジが、代々続く老舗旅館ならまだしも、開業30周年というお祝いを盛大にできることは奇跡に近いし、本当に嬉しいし、この八ヶ岳界隈、もしかしたら全国を見渡してもそうそうできることではないと本当に感じています。
それだけに、感無量で、本当に、涙がでそうでした。
泣かないように頑張りました。

企業生存率なる統計データによると30年以上生存する企業はなんと0.02 %だそうです。
1.000社だと998社は生存していなく2社だけしか生き残っていない。
100社だと生存会社率は限りなく0社と言うことです。

私達より後から始めた方で閉められた方も沢山見てきました。
そう思うと、本当に私は運が良かったなと思います。
私の出会った全ての方々のおかげでここまで来られたことは間違いないです。
だからこそ、お客様、友人、地元の方々、1回でもお会いした全ての方々に感謝の気持ちで接するしかありません。

私達の大切な子供達からまさかのサプライズがありました。
長男、次男、長女、ひとりひとりのスピーチは本当に心に浸みました。
ヤバイです。涙が目に沢山溜まってしまいました。
宿泊業なので夏休みも休日もどこにも連れて行ってあげられなかった。
サッカークラブの監督なので息子達二人にはサッカーのアドバイスすら不公平になるからと距離を置いて接していました。
親として何も子供達にしてあげられませんでした。
ひとつだけあるとすれば、私も妻も子供達三人を心の中で愛し続けていた事だけは確かです。
もちろん今もです。(^^)!

DEN開業30周年は、結婚30周年でもありました。
DENの歴史と田畑家の歴史は一緒であり沢山の思い出が詰まっています。

子供達が生まれる前からサッカーの監督。
そして子供達が成人してもサッカーの監督を続けている事に感謝しかないです。

重複しますが、子供達のスピーチを聞いていて、こんなにも立派に成長したのだな。
頼もしいな。

そう感じられたことは、ステンドハウスDEN、グランデを一生懸命やってきて本当によかった。
間違っていなかった。
そう確信になりました。
自分と妻の歩んできた人生に自信を持つことができました。
ステンドハウスDENとGRANDEにプライドを持つことができました。

どんなにDENとGRANDEが繁盛したとしても、自分の子供達がDENとGRANDEを通じて育っていなければ、私はDENとGRANDEにプライドを持つことはできなかったと思います。
我が子達をDENとGRANDEの犠牲にしてしまうことは絶対にあってはならないことだからです。

これからもそのようなスタンスでお客様にも、グランデアメージングアカデミーの子供達にも接して行きます。
人生を歩んでいきます。
それが私の人生観です。

私がこれからすること。

それは、
この30年間、私達を育ててくれたYATSUGATAKEとFOOTBALL。
全精力を注ぎ込んでYATSUGATAKEとFOOTBALLに恩返しする30年にすることです。

「無私他利」の精神で人生を妻と共に歩んでいきます。

感謝!

2018年5月吉日
田畑雅宏

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週末ということもありサッカー関係者の皆さんは現場でした。(^^)!
沢山のサッカー仲間からメッセージやお花いただきました。42
43子供達からのプレゼント。そして子供達それぞれの手紙を後日ゆっくり読んで妻と泣きました。(^^)!
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ここ毎日、玄関、リビングに花が溢れています。
とても良い香りに満ちています。24
3ヶ月かけて時間の合間に作り上げた記念誌。(^^)!

これからもよろしくお願いいたします。
田畑雅宏

DEN30th Anniversary

本日、ステンドハウスDENは30歳の誕生日を迎えました。
1988年5月1日。
資金も地縁も全くなかった25歳の世間知らずの若造が東京から夢と希望を抱いてこの八ヶ岳の地でDENを開業しました。
気がつけばDENで生まれた三人の子供達はみな成人し、孫も生まれ、白髪の54歳になっちゃいました(笑)
出会った全ての皆様のおかけでどうにかここまで歩んで来ることができました。
これも私が出会った全ての皆さんのおかけです。
まだまだ私は前へ進みます。
妻共々、
これからもお付き合いの程よろしくお願いいたします。
感謝。
田畑雅宏

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80ページのDEN_BOOK作成しました。
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友人の前田さんからです。ありがとうございました。
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友人のヤスさんからもいただきました。
他にも友人の皆様沢山のメッセージありがとうございました。
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いつもと変わらない日常ですが、ささやかながらケーキでお祝いです。(笑)