便利な中から強烈な発想力は生まれない

今日もある方との会話から一日がスタートした。

新しい時代への変化なのかもしれない。
令和を節目に様々な変化が起こっているように感じる。
が、
それは人間が勝手に感じている事であって自然界は淡々と動いているだけだ。

スポーツ界サッカーにおいて、トレーニングができない。
試合ができない。
ボールが蹴れない。
選手権の準備ができない。
来年の進路に影響してしまう。
上手くなれない。
遅れをとってしまう。
そうじゃなくて、ダメじゃなくて、ウィルスのせいにするのではなくて。
今、この出来ないと言っている時間をどう過ごしているのか。
個人の発想力、置かれている状況での判断、それらを考え続け、やり続け、継続することが出来るのか。
自身のサッカーを発展させられるのか。
一人一人が己と向き合い、新たな発見ができるのか。
それらは毎日の繰り返しが大切であり、全ては自己責任だろう。
それらを継続できるだけのサッカーに対する愛情があるのかないのかだろう。
サッカーの環境ができるまで待って、そしたら始めるのではなくて、
こんな時だからこそ、本当にサッカーに真剣に向き合っているかどうかが確認できる。
そんな大切な時間が与えられているのに気づける選手と気づけない選手の差が上手い下手よりも大切なこと。

指導者もしかり、サッカーの未来を考えているのか。

スポーツが、サッカーがどう生き残るかまで考えている指導者がどれだけいるのだろうか。
自粛だから、クラブはお休みします。なんとなく隣の有名クラブが再開したからウチも再開します。
サッカーができるようになったら、さあー頑張ろう!
じゃないだろう。

今のサッカーはマテリアルの進化、高額のスパイクや人工芝は当たり前。
ビデオ解析、トレーナー、シャワー室やらよい環境が育成年代にも与えられ、そのようなチームに所属して与えられた課題をやっていることが善とする風潮。スティータス。

真逆の発想をしていかないとサッカーが生き残れないと思えるだけの覚悟と危機感を指導者は常に持つべきだ。

便利な中から強烈な発想力は生まれない。

ピンチはチャンス。
チャンスはピンチ。
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本脳とは

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今日もある方との会話から一日がスタートした。

人間の持っている全力という力をどこまでどうやって出せるようにできるのか。

「本能は生まれつき持っているもの」と片付けるべきではなくて、使わないでおくのではなくて、人間だれしもが持っているものを、どう引き出せるか、本人に気づかせる事ができるか。
それが役割ではないか。

小さいときに気づかせる。
小さければ小さいときほど、その経験が活きてくる。
今しかない。

本能という脳をどう刺激していけるか。

言葉の魂を発し続けて行くこと。
それは幼児だろうがなんら関係無い。
言葉に魂が宿っていれば。
言葉は分からなくてもひとりの人間として感じ取れる。

言霊によってひとりの人間の可能性が変わる。
人生が変わる。
運命が変えられる。
それは奇跡として語られることすらある。

言葉の表面だけの、活字ひとつを読み取ったところで、それは今しか語れないだけであってなんら深みのないことだ。

言葉の奥底の、伝えたい、言いたい、見えないものを気づかせられるか。
感じさせることができるか。
それこそが伝える側の魂の質の問題。

話しが少しズレるかもしれないが、
今のサッカーが本当に素晴らしいのかと言うと、そんなことはない。
そう思ってはいけない。
10年前も20年前も30年前も40年前も50年前もいつの時代も素晴らしいのがサッカーでありスポーツや芸術だ。

昔よりも今の方がサッカーの魅力は衰退しているようにすら感じる。
それは簡単に複製できる時代だからだ。
たまにサッカーゲームの攻略本と錯覚してしまうときすらある。

本能を呼び起こすとは脳を刺激することではないかと思う。
私は専門家ではないので学術的な見解は違うのだろう。
それでもそう思っている。

美味しいと脳が思えば美味しいものは美味しい。
褒められたら、もっと上手くなろうとトレーニングをするだろう。
今に感謝出来れば、幸せになれる。元気が出てくる。ポジティブになれる。

今、世界が日本が、未知なるウィルスによって試練に立たされている。
日本がひとつになって、世界中がひとつになって、みんなでポジティブな言葉の魂を発し続けて行く必要がある。

本脳をポジティブに世界中がひとつになる。
素晴らしい未来を次なる世代に残す。
それこそが人間としての本能なのではないだろうか。

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ファーストタッチ

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今日もある方との会話から一日がスタートした。

ジュニアで大切なことはテクニックで言えばファーストタッチ。

それをどうやってアソビの中から得ていけるか。

見れば見るほど世界と日本の差がありすぎることへの焦りを感じる。

世界は攻めのファーストタッチ。

破壊がある。一瞬のスキで切り裂いていく怖さがある。

日本のファーストタッチは先ずは取られない。止めるファーストタッチ。

日本の指導者やチームの多くは
先ずはボールを奪われない。
ボールを相手から遠い場所に置く事。
数的不利であればGKに戻して作り直す。

全てが大切な事ではあるが、ジュニアの育成において根本の何かが足りないんだと思う。

認知・決断・実行。
これらを本能で感覚で楽しめる所までいける選手が世界には沢山いる。

テクニックとは駆け引きがあるかないか。

駆け引きは教えて身につかない。

スポーツとはお互いにどうバランスを崩しあうか。
バランスを崩した瞬間に相手が動く。動いた相手もバランスを崩す。
その一瞬をどちらが征するかで決まる。

ジュニア時代にその経験を沢山積んできた選手とそうでない選手とでは雲泥の差が生まれる。
ジュニア時代にバランスを崩すチャレンジをし続けている選手は沢山の事が身体に染みついてい行く。自分の糧になっていく。

ファーストタッチは対面トレーニングで身につけるものではなくて、ミニゲームやゲームの中で培っていくもの。

ジュニア時代は早いデカイでごまかしが通用する世代。
高校では通用しない。

ファーストタッチの判断は選手ひとり一人それぞれが正解であって不正解はない。
あとはゲームで使えて成功するこによって否定されなくなる。
自分の判断に成功した選手が次のステージへ進んでいく。
それでも育成の指導者は失敗した判断をした選手を辛抱強く成功するように導いていける我慢が必要。

大人になればなるほどファーストタッチの大切さに気がつくだろう。
それまでにファーストタッチのテクニックを身につけさせたい。

そんな話しをしていました。

ジュニアから携わっていた選手が成長していく姿を見ることが楽しいです。
今日も僕の人生に影響を与えてくれているクレージーな人と楽しい時間があることに感謝です。

Think different.〜クレージーな人
「発想を変える」「ものの見方を変える」「固定概念をなくして新たな発想を持つ」

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本物とは

昨晩はとても素晴らしい心地よい時間だった。
本物の方の物腰は実に奥深かった。
スキーを楽しんでいる姿と重なって本物の凄さが見えた。

小淵沢には自然豊かな財産がある。
八ヶ岳を背に、富士山、南アルプス、秩父連山の大パノラマ。
極上の美味しい空気、水、食べ物。
全てが本物だ。
八ヶ岳山麓に広がる縄文文化の歴史ある地、そこには本物の美術館もある。
本物のアーティストも沢山いる。

本物の方々がもっともっと沢山訪れて、本物が増えて、子ども達が本物に触れて育ったら北杜市は国際的にも評価される市になる。

それが子ども達のサッカーに結びついて、そして世界中から子ども達が訪れる場所を想像するとワクワクしてくる。
地元の方々の意識や価値観も変化していくだろう。

本物とは無意識に関わった方々に勇気や幸せを与えられるかだと思う。

偽物とは関わった方々を不幸にする。常に自分が利益を得られるかどうかで関わってくる。
やたらと派手で攻撃的で常に自分を正当化するから始末が悪い。

本物の絵画や陶芸も人の心を豊かに幸せにする。

サッカーも同じ。
本物のサッカーに子ども達を触れさせたい。
大人達にも触れさせたい。

私自身がどんなに無名で小さくても、言い訳をせず、本物であり続けることが日常の第一歩だと思う。

本物である方。憧れる方が3人に増えた日でした。

感謝!

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叱る

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あなたは怒られたことがありますか? あなたは叱られたことがありますか?

子どもは、褒められたり、叱られたり、怒られたりしながら成長していくものだと思います。

植物に例えるならば、根も張れず、まったく旨味のないスカスカの果実となり、 直ぐに枯れ果てるのではないでしょうか。

本当の優しさとは、愛情のある厳しさです。

相手への愛情があるからこそ、怒ったり、叱ったりが存在するのだと思います。

だから、あなたの事を一番に愛しているお父さんやお母さんは、あなたが間違った行動をすれば、怒ったり、叱ったりしてくれるのです。

本当に優しい人とは、怒ったり、叱ったりをしてくれる人だと思います。

怒られるということは、あなたに対して愛情を抱いている証拠です。

叱られるということは、同じ間違いを繰り返さないように諭してくれているのです。

フランスの思想家アランは、 「ロープウェイで来た人は登山家と同じ太陽を見ることはできない」と記しています。

楽をせず、地道に人生という名の登山を自分の足で確実に歩んでください。

身の危険な場所を登ろうとしたら、叱ってくれる人が現れるでしょう。

辛くても一生懸命に山道を登っていれば、励ましてくれる人が現れるでしょう。

叱ってくれる人は、あなたの味方です。

叱ってくれる人がいるならば、あなたは幸せです。

叱ってくれる人がいるならば、心から感謝をしましょう。

あなたには、登山家と同じ太陽を見て欲しいと心から願っています。

上記は高校サッカードットコムさんのポータルサイトよりコラムを依頼されて毎月掲載されている文面の一部です。
以下で全文が掲載されています。
https://koko-soccer.com/column/62-tabata/1025-tabata4

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