「八ヶ岳から世界へ」を合い言葉に八ヶ岳グランデフットボールは2001年に設立しました。
そして今年2021年4月。
八ヶ岳グランデ・ジュニアユースは17名の選手達と共にJFA並びに山梨県サッカー協会へ新規登録が承認され、2年の歳月を経て晴れて表舞台に戻ってくる事が出来ました。
2001年設立2021年新規登録という摩訶不思議な申請書を提出しました。
5月8日(土)県Dリーグからの公式戦がスタートし、白州グランドから第1歩が踏み出せたことになんともいえない感慨深い感動をひとり味わいながら第二試合は主審として八ヶ岳を背に笛を吹いている事がほんとうに心地よかったです。
2年前までは16年間一度も降格なく県Aリーグで優勝を争っていたグランデ。
沢山の選手達と共に優勝を目指して戦っていることが当たり前でした。
新型コロナウィルスも同じです。DENも33年間で一番の苦戦を強いられています。
八ヶ岳から世界へ近づく人間力への挑戦への半歩を踏み出しながらの苦渋の撤退、そして世界を人類を止めた未曾有の新型コロナウィルス発生。
まさか同時に起こるなんて夢でも映画でも想像出来なかったことが起こるのだから人生って凄いなってつくづく思います。
そしてこれだけの出来事を同時に受け止めなさいという試練は強烈でした。
それでも沢山の仲間たちのおかげでどうにか受け止めることができました。
人は改めて一人では生きていけないと実感することができました。
私より何倍も辛い出来事で悲しんでいる方が今も沢山いると想像できます。
だからよくよく考えてみるとサッカー仲間も、OB達も、グランデも何も失っていないんです。
しかもこんな経験が出来たことで改めて自分の生き方やサッカー観に確信を持つことが出来ました。
私はやっぱり幸せです。ラッキーです。
そして今は、今が、人生の一番面白い時であると思えるようになりました。
昨年、グランデジュニアユースが風前の灯火になった中、1人の選手だけが迷わず残ってくれました。
「僕がいなくなったらグランデ無くなっちゃうんでしょ。それは嫌だし、だから僕はグランデ残ります」。
昨年一年間はジュニアに混じって練習試合や練習を休むこと無くやり続けた。
そんな3年生になったジンがグランデジュニアユース17期生として未来へ繋いでくれた。
こんなにもひとりの選手が居ることの重さを経験できたチームがどれだけあるだろうか。
仁とは、「おもいやり。いつくしみ。特に、儒教の根本理念として、自他のへだてをおかず、一切のものに対して、親しみ、いつくしみ、なさけぶかくある、思いやりの心」
私は親御さんの子育て、人としての徳があってのことであり、そんな保護者さまと出会えたことに一生感謝をしていく。私も徳を磨き同じような生き方を貫き通す。
そしてグランデへ預けてくれたジュニアユース17名の保護者様にも感謝しています。
だからこそ新生グランデは1期生ではなくて17期生、18期生、19期生としてグランデを続けていける。
今回私自身も様々な経験を積めたことで「八ヶ岳から世界へ」の思いは益々強くなっています。
プロ選手や日本代表を出すことが「八ヶ岳から世界へ」ではないのです。
強いチームが「世界へ」ではないのです。
しっかりと選手達に熱を持って自分の人生をすり減らしてでも手塩にかけて選手達を育てる覚悟があるのか。
明日は我が身、いつ何処で何が起こるかわかりません。
人を惹きつける魅力と仲間の事を思いやれる心。
世界のどこへ行っても通用する人間力をサッカーを通じて少しでも身につける事ができたら、キッカケとなったら素敵だなと思っています。
「八ヶ岳から世界へ」の想いを心に。
感動するサッカーの追求は続きます。
コラソン・グランデ
全ての方に感謝しかない。
田畑雅宏
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