立春大吉

立春とは春が始まる第1歩です。

立春からこの1週間だけでも錦糸町・四谷・青山等で多くの方とお会いしています。

週末も9時から12時まで八ヶ岳でトレーニングでしたが、15時には表参道の某所にいました。
他の日もだいたい同じようにお会いする3時間前までは八ヶ岳にいます。

結構やることあるんです。
本読んだり、ランニングしたり、電話したり、(これって仕事とは言わないか)

どうも八ヶ岳が本当に好きなようです。

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※毎日朝・八ヶ岳から見る富士山に心が浄化されています。

都会は高層ビルが沢山あって高いな~と見上げてしまいますが、よくよく考えてみると
私の住んでいるDENは標高1.000メートルです。
スカイツリーが634メートルですからそれよりも高い所に住んでいるんですね。
だから本当は私達田舎者の方がビルを見上げる必要はないんですね。

これがドラマでしたら、
八ヶ岳から高級スーツに身を包みポルシェで颯爽とちょいワルおやじが表参道に現れて格好よく・・・。

実際は車整備時以外洗車したことのない山梨ナンバーの汚れたランクルから白髪おやじがユニクロのジーパンにジャケット姿で表参道ですから・・・別の意味で目立ってますね。

私はヒトに興味があります。
自分と違うタイプの方と話しをしていると楽しくなります。

料理に例えると
美味しい料理を作りたい。から始まり。
今度は仲間や大勢の方々に食べて貰いたいと思う。
美味しいと言って貰いたい。喜んで貰いたい。
健康に良い料理を食べて貰いたい。食材そのものも大切にしたい。

そうなると、食材を吟味したり、様々な料理方法、食べる場所や時間、食べて貰う人の性別や年齢や健康状態やランチや夕食なのかも想像するし、何かの記念日、一人なのか二人なのかグループなのか・・・。

本気で試行錯誤を繰り返し繰り返し積み重ねてきた人は、他人を受け入れられるようになってくるとつくづく感じます。

だから試行錯誤してきた域の料理人の方々はお互いの人生や料理を尊重しあえます。
そして話題の中から得られるヒントを沢山持って帰って自分の料理に更に研きがかかっていきます。

お互いの域が低いときっと料理の話題はしないでしょうね。
盗まれるとか・・・俺の方が上だからとか・・・まだまだ小さなプライドの対決ですからね。

話しは一番最初に戻ります。

私はサッカーの指導者ですが、求めているのはサッカーのテクニックではなくて、子どもひとりひとりのヒトが成長していく過程そのものなんです。

よって
サッカー仲間の方々と騒ぐのも嫌いではないですがスタイルやテクニックや戦術の話しや他チームの話題や噂・・・で集まるよりも、
経営者の方やアーティストの方や研究者の方とお会いする頻度が多いです。
なぜならばお互いの求めている域が近いからだと思います。
究極はヒトです。
スポーツも政治も職種や業種も関係なくなってきます。

私の友人達はみんな違うタイプです。
住んでいる所も、会社の規模も、年収も・・・
共通しているのは自分で物事を決定しながら前へ進んでいます。
もちろん様々な情報やアドバイスを聞き入れられる域にあります。

お互い多忙なハズなのに結構簡単にお互い時間調整ができるということです。
連絡も直ぐに取りあえます。約束を守ります。
スマホも携帯も誰もいじりません。

この域ではない方々に共通しているのは直ぐに連絡がとれない。
約束や返答に時間かかかる。遅れてくる。
返答も曖昧で自分で決められない。
誰かのアドバイスや同意見でないと動こうとしない。
知り合いの自慢話が多い。
固定概念から抜け出せない。
話し中でもスマホ片手入力しながら・・・の方もいるかもしれません。

子ども達にはサッカーも人生も自分で物事を決定しながら前へ進んでいけるヒトであって欲しいと願っています。

立春大吉は縦読みすると表からも裏からも同じように読めます。
人間として表面も裏面(内面)も同じように磨いていきましょう。

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2月4日。立春の朝7時30分。窓辺からDENに朝日が差し込みました。
椅子の表も裏も立春の陽光で綺麗なコントラストです。
偶然の一枚。
まさに立春大吉のDEN。

お前なんかにできるわけがない

僕は、小学校に上がってすぐに担任の先生にものすごい嫌われたんです。

僕が信じていたことや、ばあちゃんが教えてくれたことは全部否定されました。僕の夢は「お前なんかにできるわけがない」ってさんざん言われました。じいちゃんが撫でてくれた頭は、先生にさんざん殴られました。とっても辛かったです。

でも、助けてくれる大人はいなかったです。

僕はその先生が言っていた言葉を忘れていませんでした。その先生は「どーせ無理」という言葉をよく使っていたんです。この「どーせ無理」という言葉がおそろしい言葉なんだと思いました。

これは人間の自信と可能性を奪ってしまう最悪の言葉です。でもとっても簡単な言葉なんです。これを唱えるだけで何もしなくて済んでしまうから、とっても楽チンになれる恐ろしい言葉でもあるんです。

こんな言葉で未来を諦めさせられてしまった人たちは自信を失ってしまうんです。でも人間は生きてくためにはどうしても自信が必要なんです。

だから自信を無くしてしまった人の中にはお金で自信を買うようになって、身を飾るようになったり、またそれを自慢しなければならなくなったり、そのために人を見下さなければいけなくなってしまったり。また他の人ががんばったら困るから努力を邪魔するようになってしまう人もいるんです。

こういう人がみなさんの身のまわりにももしかしたらいるかもしれません。でもその人たちは自信をなくしてしまったかわいそうな人たちなんです。

その人たちが自分の自信を守りたくってしょうがなく他の人の自信を奪ってしまっているのかもしれません。

僕の会社にアフリカの人たちが来てくれました。彼らが僕の話を聞いてくれた後で教えてくれました。

今アフリカでは「自分なんて勉強したってムダだ、努力したってムダだ」って自分の未来や可能性を諦めてしまった人たちが最後には人を殺して奪うようになるんだそうです。なぜならば頑張れないから、生み出せないから、奪うしかないんです。

暴力で奪うこともできます。でも他にも、嘘をついたり、弱いふりをしたり、だましたりして奪うこともできるんです。でもみんなが奪ってしまったら社会なんか成立しないんです。

教育というものは、死に至らない失敗を安全に経験させるためのものだったんです。でもそれがすっかりおかしくなってしまったんです。なぜかというと、失敗をマイナスだと思っている大人がたくさんいたからなんです。その人たちがみんなの可能性と自信を奪ってきたんです。

でもこれからの日本を、世界をよくしていくためには「どーせ無理」に負けない人が増えればいいんです。

じゃあその人たちはいったいどこにいるのか。それは「みんな」です、全ての人がそうなんです。なぜならば、僕ら人間は必ず「小さい頃」を経験しているからなんです。

みなさんも思い出してみてください。

小さい頃はボタンがあったら押してみたかったんです。ハンドルがあったら回してみたかったんです。そして「余計なことすんじゃない」って怒られるもんだったんです。

実は、生まれた時から「諦め方」を知ってる人間なんてこの世に一人もいないんです。みなさんは全員、諦め方を知らないで輝いて生まれてきたんです。でも僕たちが諦め方をちょっと習っちゃっているのかもしれません。

そんな自分たちの自信を取り戻すためのとてもいい方法が一つだけあります。それは「やったことがないことをやってみる」なんです。やったことがないことをやってみるだけで、小っこい自信が湧いてきますから、是非皆さんは「やったことがないこと」に挑んでみてほしいって思います。

今回のブログは全文全て私が書いたものではありません。
スポットライトさんのサイトより転載させていただきました。

植松努さんのスピーチをスポットライトさん経由で拝見し、心に響きました。

こどもたちやうちの保護者の皆様にも知って欲しいと思い転載させていただきました。
紹介させていただきました。
TEDのサイトにはいつも素晴らしいプレゼンテーションの動画があります。

余談ですが、今から15年前。
私が八ヶ岳でクラブチームを立ち上げたいと頭を下げて廻っていたとき、
「この地域では無理だからやめたほうがいいですよ」と全く真剣にお話を聞いていただけなかった2人の本職が教員の方を久しぶりに思い出しました。
今では二人ともサッカーコーチはしていないようです。

「お前なんかにできるわけがない」が私のエネルギーのほんのほんの一部にはなったかと思います。

今では感謝しています。

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植松努さん。もちろんお会いした事もコンタクト取ったこともありません。
が、
3,4年前に本を読んで、こんな魅力的なおっちゃんがいることを知りました。

勝手に親近感覚えています。

年頭所感2015

今日は「人日の節句」でした。一般的には七草粥を食べる日だ。
陰暦1月7日はお正月最後の日でもある。

古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていた。

また、この日には7種類の野菜(七草)を入れた羹(あつもの)を食べる習慣がありこれが七草粥となり江戸時代より一般に定着した。人日を含む五節句(1/7,3/3,3/5,7/7,9/9)が江戸幕府の公式行事となり、全ての武士が七種粥を食べて、一年の豊作と自然からの新たな生命力を得て無病息災を願い人日の節句を祝った。
——Wikipediaより抜粋——

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今日はそんな日なのだが、朝一の富士山を冷たい空気の中で観ていると、まさに自然からの新たなる生命力を得ている自分がいる。
エネルギーをいただけているように感じる。

私は人生の半分以上、4半世紀以上、子ども達とサッカーを通じて監督という立場で携わらさせていただいてきた。

私みたいな身分不相応な者がこんなにも長く人の上に立たさせて頂けている事に全ての方々に感謝しかない。

20代の頃は子ども達と一緒にボールを蹴っていた。
自分のチームが勝った負けたで喜んでいた。
私の方が紅白ゲームで活躍して子ども達から「大人げない」と何度言われたことか。(^^)!

30代の頃はトレセンコーチや近隣スポーツ少年団の子ども達も教えたりする中で他チームの子ども達とも交流ができ、試合の勝ち負けよりも選手の技術を育てる事が楽しく感じるようになった。

40代の頃はサッカー協会の理事や様々な役職を経験する中で山梨県以外のチームや組織も考えるようになった。

50代になって、息子達や教え子達の多くも社会人となつていく中で、サッカーを通じて子どもと親が、その子の家庭が幸せになれば、それでよいのではないかと思うようになってきた。

それでも、
20代の頃から変わらない事がある。

子どもが主役であるということ。
迷った時は、子どもにとって幸せな方で判断して進んできた。

日の丸を付けた選手をこの八ヶ岳から誕生させるという夢。

この思いは変わらない。

いや、益々強くなっている。

その中で感じてきた事は、
子ども達から得られる事、学ぶ事の方がはるかに大きいことであったなと思う。
今があるのは紛れもなく子ども達と接し続けさせていただけたからだ。

富士山や八ヶ岳の山々からいただく自然のエネルギーに負けないだけの大きな人間としてのエネルギーをもらい続けてきたことだ。

たまたま子ども達より先に私が生まれてきただけであって、私よりもはるかに優秀な子ども、感受性の強い子ども、もちろんサッカーも上手な子ども等沢山いる。

教師でもない私ではあるが、子どもと親の出会いのように、
縁あり、私と出会った素晴らしい子ども達に、
私ができることはやはり教育者、指導者として精進していくことである。

そう感じた人日の節句日でした。

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そうそう、20代の頃から変わらない事がまだあった。
試合したい、ボール蹴りたい、ゴール決めたい、勝ちたいと思う気持ち。
俺はサッカーが大好きであるということは28年経っても変わらない・これからも変わらない(^^)!

2015年初蹴り

今年も息子達と汗を流しました。

こうやって一緒にお正月に3人でボールを蹴るのは何十年目でしょうか。

記憶にないくらい毎年当たり前のように蹴ってきました。

長男は家庭を持ちましたが、今年も付き合ってくれました。

ここ数年は家族全員が唯一揃うのが大晦日と元旦です。

妻からも「お正月はあなたが一番楽しそうだね」と毎年言われています。

年末はOB達とボールを蹴って、夜は常連さん達と紅白を観ながら飲み、
翁の蕎麦で年越し(大橋さん毎年ありがとうございます)、元旦はゆっくりとテレビを観たりトランプをしたりして家族で過ごしています。

上手く言葉で表せませんが、一年の中で唯一、プレッシャーから解放される時間なのかもしれません。

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別の言葉で言うと、普通のオヤジに戻る数時間であるとも言えます。

1年のはじめ、365日の中の1日だけかもしれませんが、この日があるからこそ、
364日をFootballに、クラブの子ども達にエネルギーを注げていると思っています。

充電満タン・アップグレード完了です。

選手諸君!

俺に引き離されないように全力でついてこいよ!

2015年も突っ走ります。

追伸・妻より、365日サッカーやっているでしょ!と言われました。

不器用なバカ息子達へ

先週・今年のチームの大会が全て終わりました。
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3年生選手達は3月までクラブ員ですが今年のチームはこれで解散です。

常に目の前のゲームがベストゲームであれと選手達に伝えています。

ベストゲームをするためには日頃ベストを尽くしてきた選手達でないとベストゲームはできないとも伝えてきました。

今回、山梨県クラブカップU15大会において準決勝VF甲府さんに負けました。

特にこのクラブカップは3年生達にとって、この仲間と一緒に戦えるラストの集大成の大会でした。

それだけに私の中では高円宮杯同様に大切な大会と感じています。

準決勝のVF甲府戦でようやく今年のチームがスタートできたと手応えを感じることができました。(遅すぎだよな・・・)

初めてキャプテンマークをハルキに巻かさせてやることができました。
それでも価値ある最初で最後の1回きりのキャプテンマークであったと思います。

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前半1-0。
後半4失点。
1-4で敗れ3位。

彼らの能力からすれば後半守り切れるだけの力は持っていたと思います。
紙一重で勝ちきれたチャンスも転がっていたゲームでした。

サッカーも人生もその差、その一瞬の紙一重の差でもあります。

今となっては
それでも今の彼らには、この結果が良かったと思っています。

なんといっても、勘違い野郎からようやく変化してきた矢先ですからね。

まだまだ仕上げられただけに今年のチームがこれで解散となることがやはり寂しいです。

今年のチームは本当に試行錯誤の繰り返しでした。

選手個々のレベルは県13リーグで11勝負けなしで山梨県優勝し翌年の関東メトロポリタンリーグ参戦も果たした連中です。
歴代の中でも間違いなく上位であったと思います。

それでも

チームレベルとしては歴代の中で最低最弱であったと思います。

チームとは選手達がチームポリシーを持っているか、親がチームポリシーを理解しているか。

ポリシーとは目指す方向や進む方向の根本的な考え方であったり取り組む姿勢であったり、クラブの「こだわり」であったりだと思う。

チームワークとは選手個々の足りない所を補完しあいながら、かけ算になっていくものでもある。

こいつらが最後の大会で得た世間からは注目されない3位の表彰状は、
たいして努力もしないで関東への切符も手に入れたU13山梨県優勝の表彰状よりも・とてつもなく価値がある1枚である。

彼らが3年間VF八ヶ岳で真剣に取り組んだ事が凝縮された賞状です。

親への感謝、仲間の大切さ、多くの方々に愛されている事を学びました。
同時に、
1点の重さ、一瞬のスキ、基本技術の大切さ・・・・。
なによりも
勝負の厳しさを学びました。

この事はこれから先、高校時代はもちろんのこと、大人になって、社会に出て必ずや役に立つことばかりです。

俺がお前達にどこまでその核心を伝えられたかわかりませんが、

コラソングランデがヴァンフォーレマークの奥底にあることを忘れずに、誇りを持って次のステージへ進んでください。

誰よりも直向きに夢を実現できる素敵な人間に成長していってください。

愛する・不器用なバカ息子達へ!

CORAZON GRANDE!
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