お前なんかにできるわけがない

僕は、小学校に上がってすぐに担任の先生にものすごい嫌われたんです。

僕が信じていたことや、ばあちゃんが教えてくれたことは全部否定されました。僕の夢は「お前なんかにできるわけがない」ってさんざん言われました。じいちゃんが撫でてくれた頭は、先生にさんざん殴られました。とっても辛かったです。

でも、助けてくれる大人はいなかったです。

僕はその先生が言っていた言葉を忘れていませんでした。その先生は「どーせ無理」という言葉をよく使っていたんです。この「どーせ無理」という言葉がおそろしい言葉なんだと思いました。

これは人間の自信と可能性を奪ってしまう最悪の言葉です。でもとっても簡単な言葉なんです。これを唱えるだけで何もしなくて済んでしまうから、とっても楽チンになれる恐ろしい言葉でもあるんです。

こんな言葉で未来を諦めさせられてしまった人たちは自信を失ってしまうんです。でも人間は生きてくためにはどうしても自信が必要なんです。

だから自信を無くしてしまった人の中にはお金で自信を買うようになって、身を飾るようになったり、またそれを自慢しなければならなくなったり、そのために人を見下さなければいけなくなってしまったり。また他の人ががんばったら困るから努力を邪魔するようになってしまう人もいるんです。

こういう人がみなさんの身のまわりにももしかしたらいるかもしれません。でもその人たちは自信をなくしてしまったかわいそうな人たちなんです。

その人たちが自分の自信を守りたくってしょうがなく他の人の自信を奪ってしまっているのかもしれません。

僕の会社にアフリカの人たちが来てくれました。彼らが僕の話を聞いてくれた後で教えてくれました。

今アフリカでは「自分なんて勉強したってムダだ、努力したってムダだ」って自分の未来や可能性を諦めてしまった人たちが最後には人を殺して奪うようになるんだそうです。なぜならば頑張れないから、生み出せないから、奪うしかないんです。

暴力で奪うこともできます。でも他にも、嘘をついたり、弱いふりをしたり、だましたりして奪うこともできるんです。でもみんなが奪ってしまったら社会なんか成立しないんです。

教育というものは、死に至らない失敗を安全に経験させるためのものだったんです。でもそれがすっかりおかしくなってしまったんです。なぜかというと、失敗をマイナスだと思っている大人がたくさんいたからなんです。その人たちがみんなの可能性と自信を奪ってきたんです。

でもこれからの日本を、世界をよくしていくためには「どーせ無理」に負けない人が増えればいいんです。

じゃあその人たちはいったいどこにいるのか。それは「みんな」です、全ての人がそうなんです。なぜならば、僕ら人間は必ず「小さい頃」を経験しているからなんです。

みなさんも思い出してみてください。

小さい頃はボタンがあったら押してみたかったんです。ハンドルがあったら回してみたかったんです。そして「余計なことすんじゃない」って怒られるもんだったんです。

実は、生まれた時から「諦め方」を知ってる人間なんてこの世に一人もいないんです。みなさんは全員、諦め方を知らないで輝いて生まれてきたんです。でも僕たちが諦め方をちょっと習っちゃっているのかもしれません。

そんな自分たちの自信を取り戻すためのとてもいい方法が一つだけあります。それは「やったことがないことをやってみる」なんです。やったことがないことをやってみるだけで、小っこい自信が湧いてきますから、是非皆さんは「やったことがないこと」に挑んでみてほしいって思います。

今回のブログは全文全て私が書いたものではありません。
スポットライトさんのサイトより転載させていただきました。

植松努さんのスピーチをスポットライトさん経由で拝見し、心に響きました。

こどもたちやうちの保護者の皆様にも知って欲しいと思い転載させていただきました。
紹介させていただきました。
TEDのサイトにはいつも素晴らしいプレゼンテーションの動画があります。

余談ですが、今から15年前。
私が八ヶ岳でクラブチームを立ち上げたいと頭を下げて廻っていたとき、
「この地域では無理だからやめたほうがいいですよ」と全く真剣にお話を聞いていただけなかった2人の本職が教員の方を久しぶりに思い出しました。
今では二人ともサッカーコーチはしていないようです。

「お前なんかにできるわけがない」が私のエネルギーのほんのほんの一部にはなったかと思います。

今では感謝しています。

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植松努さん。もちろんお会いした事もコンタクト取ったこともありません。
が、
3,4年前に本を読んで、こんな魅力的なおっちゃんがいることを知りました。

勝手に親近感覚えています。

年頭所感2015

今日は「人日の節句」でした。一般的には七草粥を食べる日だ。
陰暦1月7日はお正月最後の日でもある。

古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていた。

また、この日には7種類の野菜(七草)を入れた羹(あつもの)を食べる習慣がありこれが七草粥となり江戸時代より一般に定着した。人日を含む五節句(1/7,3/3,3/5,7/7,9/9)が江戸幕府の公式行事となり、全ての武士が七種粥を食べて、一年の豊作と自然からの新たな生命力を得て無病息災を願い人日の節句を祝った。
——Wikipediaより抜粋——

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今日はそんな日なのだが、朝一の富士山を冷たい空気の中で観ていると、まさに自然からの新たなる生命力を得ている自分がいる。
エネルギーをいただけているように感じる。

私は人生の半分以上、4半世紀以上、子ども達とサッカーを通じて監督という立場で携わらさせていただいてきた。

私みたいな身分不相応な者がこんなにも長く人の上に立たさせて頂けている事に全ての方々に感謝しかない。

20代の頃は子ども達と一緒にボールを蹴っていた。
自分のチームが勝った負けたで喜んでいた。
私の方が紅白ゲームで活躍して子ども達から「大人げない」と何度言われたことか。(^^)!

30代の頃はトレセンコーチや近隣スポーツ少年団の子ども達も教えたりする中で他チームの子ども達とも交流ができ、試合の勝ち負けよりも選手の技術を育てる事が楽しく感じるようになった。

40代の頃はサッカー協会の理事や様々な役職を経験する中で山梨県以外のチームや組織も考えるようになった。

50代になって、息子達や教え子達の多くも社会人となつていく中で、サッカーを通じて子どもと親が、その子の家庭が幸せになれば、それでよいのではないかと思うようになってきた。

それでも、
20代の頃から変わらない事がある。

子どもが主役であるということ。
迷った時は、子どもにとって幸せな方で判断して進んできた。

日の丸を付けた選手をこの八ヶ岳から誕生させるという夢。

この思いは変わらない。

いや、益々強くなっている。

その中で感じてきた事は、
子ども達から得られる事、学ぶ事の方がはるかに大きいことであったなと思う。
今があるのは紛れもなく子ども達と接し続けさせていただけたからだ。

富士山や八ヶ岳の山々からいただく自然のエネルギーに負けないだけの大きな人間としてのエネルギーをもらい続けてきたことだ。

たまたま子ども達より先に私が生まれてきただけであって、私よりもはるかに優秀な子ども、感受性の強い子ども、もちろんサッカーも上手な子ども等沢山いる。

教師でもない私ではあるが、子どもと親の出会いのように、
縁あり、私と出会った素晴らしい子ども達に、
私ができることはやはり教育者、指導者として精進していくことである。

そう感じた人日の節句日でした。

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そうそう、20代の頃から変わらない事がまだあった。
試合したい、ボール蹴りたい、ゴール決めたい、勝ちたいと思う気持ち。
俺はサッカーが大好きであるということは28年経っても変わらない・これからも変わらない(^^)!

神居古潭

先日北海道旭川へ私事で行っていました。

夏が終わったら直ぐに行くつもりでしたがなかなか時間が確保できずにいました。
帰宅した翌日から北海道は積雪45センチとのことでしたので本当に運が良かったと思います。

久しぶりに神居古潭も見てきました。

神居古潭。
アイヌ語でカムイ(神)コタン(居住地)「神の住む場所」。
古くよりアイヌの人々の聖地とされた所です。

神居古潭を中心に南北にのびる神居古潭変成岩帶は大昔北海道が形成されたとき北海道の西半分と東半分がここで衝突しつながった事を証明するものとして地質学上世界的に貴重な場所。

12旧国鉄・神居古潭駅跡。
1901年開通1969年に廃駅。もちろん蒸気機関車が走っていた。60年以上前のまま現存している。
101歳まで生きた私の大好きな祖父が当時(旧日本国有鉄道)この路線の駅長をしていました。
もちろん祖父祖母のお墓参りをしてきました。

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神居古潭駅から見下ろす石狩川
流域面積全国2位、長さは3位
石狩川の語源はアイヌ語のイ(それ)・シカラ(回流)・ペツ(川)来ているらしい?

峡谷を形成する緑泥片岩は1億年以上という長い年月をかけて石狩川の流れによって浸食アイヌの人々の伝説に登場する奇岩やおう穴群(天然記念物日本の地質100選認定)を形成。急激に川幅が狭くなるため流れが激しく深く最深部は70メートルにも達する。
かつては行き交う舟がよく転覆し,アイヌの人々は峡谷に住む魔神の仕業と恐れていた。
(旭川市博物館資料より抜粋・加筆)

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コンサドーレ札幌アカデミー・コンサドーレ旭川U15佐藤尽監督と松山育成チーフにお会いする途中の上川郡東川町の夕暮風景。
冬が室内練習となり八ヶ岳に近い環境のチーム状況も参考になればとお時間を作っていただきました。
この日が外でのトレーニングラストの日でした。

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信号待ちでキタキツネ~チロンヌップカムイに出会う。3,4秒でしたがシャッターチャンス逃さず。

昼は2日間とも旭川ラーメンを食べる。

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旭川と言えば、よし乃の味噌と梅光軒の醤油は外せない。
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夜は親類の皆様から手厚いおもてなしもあり少し食べ過ぎました。

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牛舎の奥に見えるのは旭岳を中心とした大雪山系。

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飛行機の出発時刻まで旭川空港近くの就実の丘も少しですが歩きました。

壮大な北海道はやはり良いです。
コンサドーレの佐藤監督との会話の中でもでましたが、
チャンスあれば夏の遠征は北海道に選手達を連れて行きたいと思いました。

飛行機や電車の中での往復10時間は貴重でした。
買い込んだ本4冊と選手達一人一人の事やチームの事等をノートに書き留めたり、自分のサッカー感を再整理する貴重な時間となりました。

スタッフ達へのお土産は「白い恋人」。
選手達へのお土産は神居古潭、神の住む場所、北の神から頂いてきたエネルギーのお裾分けです。(^^)!

イヤイライケレ!!ヤウンクル!!

今日も感謝です。

今日でまた一つ歳を重ねました。
毎年多くの方々からメッセージをいただけることに心から感謝しなくてはいけないと感じています。

サッカー監督として27年を超えましたが、いつまで経っても成長していかない自分が情けなく思う時ばかりです。
いつもです。
勝ちたいと思う自分がいるのに、いざとなると甘い采配をしてしまいます。

「その子」を見てしまうのです。
努力してきた「その子」は「きっと今度はやってくれるであろう」と。
何度騙されても、信じ続けてしまいます。
親バカと同じです。
監督失格なのはわかっています。

適切な言葉が見当たりませんが、いい加減な監督さんが羨ましいです。

それでもこの頃は、怖いぐらいに試合の勝ち負けから点が入るシーン入らないシーンが当たります。
先日の敗退した試合も実はハーフタイムに今日は0-0PK負けだぞと話していました。
もちろん選手達が私のネガティブな発言を跳ね返して欲しい思いも込めてですが・・。

これだけ長く監督をしていて、落ち込んだり、悩んだりの繰り返しであってもなぜか不思議と辞めたいという気持ちはほんの少しも感じた事がないから不思議です。

来月も教え子の披露宴に招待されます。
妻からは「スピーチは短く」と言われています(^^)!
以前にも「田畑さんのご指導のおかけで今の自分が存在しています」と披露宴の座席にメッセージカードが書かれていました。

この一瞬で嫌なことも全てがチャラになります。

グランデにいるときよりも輝いている沢山のOB達が数名でもこうやって過去の私を気にかけてくれる事で情けない自分の全てをチャラにしちゃいます。

そしてこうやつてブログを書いている間にも携帯が2回鳴りました。

自分の人生に真剣に挑戦している二人のOBから誕生日おめでとうございますの連絡が入りました。
もちろん長話です。
中学時代あれだけイジメたのに・・・笑
成長したな・・・・嬉しく・・つくづく感じました。
本当にありがたいことですし、嬉しい事です。

私にとって選手達全員が自分の子供です。

愛情があればあるほど期待すればするほど厳しく接してしまいます。

私は地域の方々、スタッフ、保護者皆様、指導者仲間、友人達等にいつも助けられているから今日も指導者を続けられています。(もちろん家族あっての私です)

だからこそ私にできることは未完成な若者に今の完成を求めず、将来へ導く使命があると思っています。

今日もこれからビールで・・・

感謝です。

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15歳の夏

坊主の意味が違う。

と言ってもウィキペディアに書いてあることではない。

昨日Aチーム選手達がゾロゾロと頭を丸めて練習に来た。

正直ドン引きした。

なぜ?坊主なの?

坊主になったストーリーが変だ。

その前日、歴代の先輩達が歯を食いしばって2時間以内で走った道のりを彼らは
往復4時間以上もかかりコーチも帰れず待っていた。

グランドに猛烈な勢いで走り込みそのまま頭から水道の水を被っていたエネルギー満ちあふれた少年達の笑顔。
歴代の少年達の無限の可能性の湧き出る汗。
彼らの顔を思い出すと自然と笑みがこぼれる。
懐かしい。

やってやる。
それがなければ、
自分への挑戦がなければ、

無理矢理走ることは単なるシゴキだ。
イジメと同じだ。
絶対楽しくない。

指導者を信じ、信頼しあっている根底があるからこそ選手も指導者も限界まで頑張れる。

歩く連中がいればいるほど、足が遅くても、コツコツとゆっくりでも良いから走りきれば一番になれたチャンスなのに。
やはり日頃走りの遅い選手も徒党を組んでいたらしい。

もったいない。

サッカーも人生も良い時だけ先頭を走りつづけることが成功ではない。
どんな時でもビリでも良いから自分の意志(目標・目的)を持ち走り続けるメンタリティー。

そうすれば勝手に前を走っていた選手がひとり、ふたりと歩き出す。
誰一人追い抜かなくても先頭集団にいるものだ。
気がつけば人生の成功者になっている。

コーチが親切にヒントくれたのに、反省の仕方が違うと思う。
坊主にすればOKなんてバカじゃない。

俺もナメられたものだ。ふざけるな。

前回は仲間と全員で坊主にすること自体にとても大きな意義・意味があった。
今回は走りという競争。前回とは中身が違う事がわかっていない。

これではテレビ報道等で決まりセリフでいつものパターンで謝罪しているオヤジ達と一緒だ。

そしてなによりも、坊主にしただけでいつも通り普通に練習しているのがおかしい。

コーチから言われた言葉が響いたならば、お決まりパターンで全員坊主ではない。

まずは素直に行動すること。

自分の意志でこころに秘めて、

「父さん坊主にしてくれ」
「俺また失敗しちまった。坊主にしてどうなるものでもないのは分かっているけどそうしたい気持ちなんだ」

そんな気持ちで翌日一人だけ坊主で鋭い目つきで来れば良い。
強い目で見つめ強い握手で決意を持ってトレーニングを始めれば良い。
昨日の失敗をチームではなくて個人として取り返せば良い。

それができない、自分で考えることができない。

集団で徒党を組むだけ。これはチームワークと別次元。
個人としての資質を高めるところからチームのレベルも高くなる。

おおよその相場
鉄くず1キロ35円。
純金100グラム35万円。
鉄くず1000人いるよりも、純金1人の方が価値(世界評価)が鉄くず1000人よりも1000倍はある。

大切な事は自分が間違っていたという気持ちや思いを
自分の方法でなによりも早く、伝えることが一番だと思う。

素早く行動できることが若者の特権だと思う。

俺の仕掛けた本当に信頼できる「金男」探しはまたしても不発であった。

今年のチーム。

「金男」不在のまま終わるのか。

15歳の夏は今年だけだよ。

純金と比較できない。価値のつけようがない。が、世の中に必要な天然物質1

 

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純金と比較できない。価値のつけようがない。が、世の中に必要な天然物質2

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