「どいつもこいつも縮こまってんじゃないわよ」by黒崎

昨日まで新潟へ行っていました。

やらなければならないことが沢山発見できました。

人間性の本質が伝わり切れていなかった事が一番のネガティブな収穫でした。
もちろん子ども達の良い面も沢山発見することもできました。
以前より良くなっている選手も見つけられました。

言葉は少し違っていたかも知れませんが日々子ども達には言い続けていることがあります。

それは

自分自身に責任を持つこと。

仲間に迷惑がかからないように自分の事をしっかりやる。
自分にできることを常に考えながら自分で役割を探し出す。
そして仲間の為に汗をかける人間になる。
仲間を励ます事ができる人間になる。
仲間のミスを助けてあげられる人間を目指す。
そして自分達のチームを自分達で育てていく責任を自覚する。
後輩達にグランデサッカーを伝えて行く責任がある。憧れられる先輩となる。
そんな事を話しています。

また、

人間性を磨くためには一日の反省をしなければならない。
勉強で言えば復習である。
内省、内観とも言うとも言った。
だからサッカーノートは大切に書きましょうと伝えた。
毎日書き続ける事は、苦手な左足キックの練習を毎日やることと同じように大切である。

俺は左足でボールが蹴れないと解っていて左足キックの自主練をやらないレベルであれば・・・。
俺はノートを書くのが苦手だと言ってサッカーノートを書く事ができないのであれば・・・。

「本気でサッカーやっています」とは言わない方が無難だろう。
本気でやっている連中から失笑されること間違いない。

今年のチーム遠征ラスト。

サッカーノートも例年と比べてもレベルが低すぎる。
とても一日の内省・振り返りとなっていない。何ヶ月も書いていない論外者もいる。
読み返して読んだのは4人だけ。

ラストの走り。
走り終わった選手達のやるべきこととは・・・。
歯を食いしばって全力を振り絞っている仲間を盛り上げて声援を送ってくれると思っていた。
少なくともその場に居ると思っていた。
キャプテン含めトレセン選手が不在の分、全員でこの遠征、盛り上げて円陣を組んで終える意識があると思っていた。

が、

勝手にスパイクを脱ぎ、着替え出した選手がいたことに悲しみを感じた。
そんな仲間を指摘する仲間すらいなかった。
それどころか、次々と走りを終え何も考えず同じ行動をする選手達。
思考がない。
これでは群衆の暴動と同じだ。悪い事も誰かがやりだしたら一緒に暴徒化して盗みでもなんでもしてしまうのだろうな。
多数決も多い方に後からなんとなく手を挙げるのだろうな。

勝手に自分だけ着替える事は自分で考えて行動する事とは違う。

そんなわけでお決まりの集合写真も撮る気になれず。
追加の走りも加わり、昨年のような海プランへの気持ちも時間もなくなった遠征でした。

本業休業して出かけただけにかみさんに申し訳ない気持ちが倍増となった。

さあー。仕上げ間際での大ピンチだな。

おまえらどう乗り切るのだろうか。

全員東京セントラル証券へ出向か。それともタミヤ電機か。

やられたらやりかえす!倍返し!はできるのだろうか。

俺は羽生田さんとは比べものにならないくらい糖分ゼロだ。

 

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みんなが散歩する前に・・・40分歩きました。聖籠の朝日に心洗われました。

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JAPANサッカーカレッジの今井さん。
長岡ビルボード代表 JFA47FAインストラクターの藤田さん。
連休多忙の中、これだけのご尽力ありがとうございました。

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一日目は天然芝、二日目は人工芝グランドそして快晴。
帰りは渋滞ゼロ。
恵まれた環境。
全ての関わっていただいた方々に感謝。

 

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昨日はJFAスポーツマネージャーカレッジ特別講座に出席してきました。

久しぶりに生徒としての緊張感と初心を味わってきました。

講師は作家・日本文化研究者・著述家でもある著名な松岡正剛氏(東京大学客員教授、編集工学研究所所長)で「クラブ論」と題して理想のスポーツクラブを考えていく方向性そしてクラブとサロン~なぜ人々は集うのかという内容でした。

 

緊張感漂う密度の濃い2時間を超す講義でした。

自由な発想によるイメージメントがマネージメントに侵される危険性というお話は、コンプライアンスだけが全てではない、何もかもが市場原理の計算で済ませてはいけない等々。
自分への確認ともなりました。

リンゴのマックからドナルドのマックへ転身した原田元CEOも自身の著書の中で書かれているようにマネージメントは忍耐ではなく寛容が大切であるというお話にも相通じるものと感じました。

 

rule、role、toolを1から作り上げる必要性、
結、講、座、連、組、社、会という日本古来からのクラブの源流そしてこれからの21世紀型クラブへの可能性~自発する経済性(voluntary economy)と可能性。

茶の湯、苗代の大切さ。

ヨーロッパクラブにおけるカーニバル性。そしてコーヒーハウス(クラブハウス)の重要な役割。

日本社会は全てがオープン(公開制)を誰もが求めているし社会はそのようになってきているがこれではクラブは育っていかなくなる。
逆に言えば、全てがオープンになった時、そのクラブはクラブではなくなる。(ある意味学校になる)

今回のお話は本当にレベルの高い内容でした。

まとめ

周りに惑わされずクラブの持つ意義を大切にすること。(rule、role、tool)
ジュニア・ジュニアユース世代は熟成期間であるということ。(苗代半作)

優れた選手を集めてきて戦術だけを徹底するのではなく(management)、
同じ価値観を持った選手達が役割分担を自分達で担い努力し楽しんでいるイメージを持つことが創造性豊なサッカー(image+management)に繋がる。

以上。

相当カジュアルに落とし込んで持ち帰らせていただきました。

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久しぶりに仲間達と再会でき楽しいひとときを味わってきました。

先日の保護者会、そして今回、そして明後日からの遠征。
頭も心もカラダも10月に向けて準備は整いつつあります。(^^)!

特に重要な議題等もない

私のクラブは昨日ジュニアユースの懇親会を開催しました。

台風が数時間前に通過し、
日中スタッフは体育館等の水対策と掃除に追われ、
私は朝早く東京から交通規制の中、打ち合わせに来ていただいた方々と有意義な時間を過ごしながらも慌ただしい中、気づけば15時を回り、17時からのクラブ懇親会はどれだけの保護者の方がご出席いただけるのか少し不安も過ぎりましたが8割を超える保護者の皆様がご出席いただきとても素晴らしい懇親会となりました。

毎日送迎いただいている白州へ、特に重要な議題等もない中、時間をかけて足を運んで頂けたこと、大切な時間をクラブに使っていただけたことに対して、感謝と同時に改めて素晴らしい保護者の皆様のお子様をお預かりしていると感じることができました。

今回も再確認できましたが、「特に重要な議題等もない」ときに集まれる事はとても大切であると思いました。ここには損得はありません。

家族団らんも同様です。
同じ場所で同じ空気を吸う中でお互いに感じ遇え、確認できるモノがあると思います。
お父さんから大切な話しがなくても一緒に飯を食べたりテレビを観たり・・・。ここにも損得はありませんよね。

「重要な議題」の時、PTAでも保護者は沢山集まります。そこには負のオーラ-が集合してしまいがちです。損得の集まりになってしまいます。(出席しないと役員に指名されるとか、場合よっては野次馬的好奇心で参加する議題もあるでしょう・・)

インターネットの普及、デジタル社会・・・山景色、海の景色にしても肉眼で見るよりも正確に見ることができる時代ですが、はたしてそれが人間にとって全てが正解とは私はどうしても思う事はできません。

高解像度の証明写真より、自分のお子さんが3歳の時に書いてくれた髪の毛3本だけで眼が顔の輪郭よりはみ出ている絵の方が大切ですよね。

大切な事はその人がどう感じ、どう感じ遇えるかだと思います。

昨日、保護者の皆様には親と子どもとの関わり方について私の感じている事を聞いていただこうかと思っていました。
いつもながら終了時間内に終わらすことができない私の甘さから話しは割愛しました。スイマセン。

その代わりではないですが少し子ども達に向けて話しをしました。

サッカーも人生も瞬間瞬間の判断と決断の積み重ねだと。

そこにはやはり、その瞬間に自身がどう感じ、主観的にどう判断し行動できるかによって試合の流れも人生の流れも大きく変わってくるものだと。
偶然のようでパスミスもシュートミスもトラップミスして相手にボールを奪われるのも結局は自身が判断し決断しているのであるということ。
※ちなみにtrapとは罠と書く(トラップミスは罠をミスしたということ)。

その瞬間にどう感じるかの感性を磨いていく為にはやはり日頃の人間性を磨いていく意識が大切ではないかと子ども達にも問いかけました。

人間性を磨くと言うとなんだかとても大変な事のように思いがちですがうちの子ども達にとってはそんなに難しいことではないと思います。

子ども達は、大好きなサッカーを毎日できることに感謝し、
自分自身のサッカー技術を磨いていくことに全力を尽くす。
仲間の為に汗を流せる人間になることに全力を尽くす。
コラソングランデサッカーを後輩達に伝えて行くことに全力を尽くす。

 

保護者の皆様は
そんなサッカー大好きなお子様を誇りに思ってください。
中学生時代にこれだけ大好きな事に熱中しているお子さんを愛してあげてください。
※好きな事が見つからないお子さん沢山いますよ。五体満足健康で幸せなことです。
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子ども達へ
好きにやることは責任が伴うということを忘れずに、学生である以上勉強も君達の責任です。勝手にやることとは違いますからね。

クラブアドバイザーの飯田さんのお話も私もとても勉強になりました。
(あの後もスタッフ共々22時過ぎまで続きました(^^)!)
そして保護者の皆様と共有していただけたエネルギーを何倍にも倍増して子ども達へ注がさせていただきます。

散歩しました。

「タクヤ、試合中散歩しているみたいだな」。

先日TMビデオで選手達と観ていた時に俺が言った言葉。

若いのにゲーム中、散歩できる選手はなかなかいない。
なにより散歩は健康によい。

もっともタクヤは散歩しているといよりは徘徊だな。
徘徊は家族への負担が大きすぎる。
なによりも徘徊は本人が状況を把握できていない場合が多いらしい。
(よってタクヤを褒めているわけではないことはわかっているだろうけど・笑)

俺もそうだが、なかなか八ヶ岳の自然の中に住んでいるのに散歩すらできない。
車で移動ばかり、たまにランニングするときもあるが。
目的地や目的だけにとらわれて居る場所の周りが見えていないと感じる。

灯明台もと暗し・・・だ。

散歩をすると、草花の匂い、風の暖かさ、冷たさ・・・感じることができる。
感覚で季節を感じることができる。
道端に眼を凝らしてみると沢山の蟻達が忙しく動き回っている事も見える。
雨上がりの日はミミズも沢山出てきている・・・。
こんなところに家が建っている事も気づくこともある。
たまに見知らぬご老人とご挨拶もあるかもしれない。
いつもとは違う世界が現れる。

試合中に散歩できるということは、
ゲームの流れ、相手の顔色、風向き、太陽の反射角、主審や線審の判定基準、相手監督さんの言葉・・・ボールばかり追い続け、走りつづけている時には見えなかった風景が見えてくる。
ゴルフでもパットまでの道が見えるそうだが、ゴールまでの道が見えてくることであろう。

散歩できる選手で思い出すのは皇帝ベッケンバウアー、点取り屋のバティストゥータ・・
日本だと遠藤保仁あたりか。
昔の静岡学園高校さんは散歩サッカーであった。
今でも優勝したのは浦和南高校なのにS52年?の全国高校サッカー選手権大会浦和南との決勝戦での静岡学園高校の散歩の強烈さはどうしても消えない。
その名将井田さんは今は全国散歩しているらしい。(もしかしたら世界を散歩中かもしれない)
散歩サッカーを早送りで観るとバルサのイメージになる。

散歩は長続きする。
散歩は身体への負担も少ない。
ランニングは膝への衝撃も大きい。

うちのチームも散歩のような身体に優しい心が洗われるようなサッカーができないものか。

ゆっくりと周りを観察しながら(散歩)試合自体を愉しみながら、

今日の(散歩)ゲームで一日が豊かになるような。

忙しいボール蹴りからもっと崇高な散歩サッカーを目指していきたい。

まだまだですけどね。

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イタさま。写真拝借しました。