サムシンググレート

静岡学園高校サッカー部 元監督 井田さんの記事
引用させていただきました。

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不幸せなことなど何もない
2012.05.04井田勝通

世の中は不思議なものだ。
俺は今年70歳になったんだが、
天にわれわれの今だ理解不能の神様のようなもの、それを「サムシンググレートsomething great 」と呼んでいるが、その「無限の力の存在・偉大なる何者」かが、我々を生かさしてくれているように思う。
自分の小さな考えではとても生きることなどできない。
人の体・意思・人生はどのようになっているか。…
たとえば人の体はなんでできている?DNAという、2本のらせん状のテープに4つの科学の文字の様々な組み合わせによって表される情報が書いてある。その1個の細胞に含まれる遺伝子の情報は30億の科学の文字で成立している。千ページの本を3千冊積み上げた情報量が、肉眼では見ることもできない小さな細胞に詰まっていて、それが、さらに60兆も集まって一人の人の身体はできている。…理解を越えた凄さだ。
その奇跡の組合せの何ものかが、たとえば、まがうことなく、夜、人が寝ている時でも呼吸を可能にしてくれている。
不思議だな。

同じように、
70歳になって感じること
人間一見、公平でない、不平等のように感じることがあるだろうが、
天の神さん・サムシンググレートは、意外と長い目で見ると、公平に正しく人に判定を下していると思うな。
それはオレの小・中・高の同級生を見るとすごくわかることがある。
勉強できてすごい奴が将来出世するかなと思ったら結果は意外とダメなんだよ。
ダメだな、問題児や落第生が以外と元気で長生きして出世している。
俺も同じ勉強好きでない問題児で静高の時は学校行かずによく裕次郎の映画を映画館で一日中見ていた「おいらはドラマー、やくざなドラマ―…」ってね。爆笑。
そんな若い時ダメの烙印押された仲間が意外と「豊か」なんだな。
この歳になって同窓会やると、もう8割ぐらいの真面目な奴はみんな歳とっちゃって、病院の話とか、ガンの話とか、年金の話とか、「サンデー毎日」だな、そんな話ばっかりで、「おいやめろよ。俺達は今青春だぜ」と言うんだが。爆笑。
不思議なんだな。人間と言うのは。
神さんはよくうまいこと人間をつくっている。
若い時にすごい奴は以外とダメなことがある。
逆に先生のいうこときかない悪いことやると目を付けられた奴が、意外と社会に出て、深く生き、交際が広くなって、歳取って素晴らしい人間になっている。
それがこの歳になって不思議だなと思う現実なんだ。
だからみなさんの子供たちがね、別に学園でレギュラーになれないからと言って全然悲観する必要はない
人生にはもっと大事なことがある

それを学ぶのが中学、高校の「練習」なんだ。
練習練習練習…練習を、夢中にやる。何かにとり付かれた様に練習する。
「キ」の字がつくほど練習する奴が、
その時レギュラーでなくても、
あとで、その素晴らしい実体験が、力を持って社会で役に立つ。
というのが、俺の70年の人生の経験で、
また学園で40年間教えたなかで、
そうして成功した子供たちがたくさんいることが確信だ。

この前も静岡市のサッカー協会トレセン30周年記念で話をする機会があって、
その時少年を指導している30人の中で俺の学園の教え子が8人。
しかもそいつらはみんな学園のサッカーをやる・ポリシー持って個人技にこだわっている。
あぁよかったな、嬉しいな。最高だな。
種をまいててよかったなと思うんだよ。

しかもその連中も決してレギュラーじゃなかった。
決して学園の時、花開いたわけじゃなかった。そういう奴らが社会に出て少年を育て活躍している。

「花と咲くより踏まれて育つ草の心が好き」と言われるが、
若い時に花と咲くよりも苦労して、踏まれてだんだん強い美しい花になる。
「雑草の様な人間が将来はきっと勝つ」というのが70年生きた一つの感想だ。

この前ちょっとお寺に行った。
玄関の硝子戸に
面白いことが書いてあったから写してきた。
結構心当たりがあることがある。

題は「天は二物を与えず」

若い時、体は強いが金がない
うまいもの、食いたいけれど金がない
年をとり、金はできたが体が弱り
食べたい物が食べられない

金のある時、暇がない
暇のある時、金がない
お金お金と無理して貯めた
貯めた途端に命がヤバい
(なぁこういうもんだよな人生ってのはなぁ)(爆笑)

家を新築、貯金もできた
肝心かなめの子が出来ぬ
できたできたと喜んで
花よ蝶よと育ててみたら
貯めたお金を湯水と使う

お金も子供もいう事ないが、
貰った嫁が気に入らん(大爆笑)

生んだ子が、親殺す世の中だ
我慢するしか他はない
辛抱するのが当たり前
そういいきかせて生きてきた
ままにはならぬ世の中と知ってはいるが辛すぎる

二つ揃ってよいことないと
悟るまでには年月かかる
わかりかけたら年老いて
歩くことさえままならぬ
この世の終わり近付いて
ほんに浮世はままならぬ
(あぁよいよい)…これはオレの言葉だ(大爆笑)

欲をかかずに生きていけ
分相応に生きていけ

こんなことなんだよ人生は。

ちょっと酔っ払ってるがまだいいか?
「何時間でもどうぞ」(司会者)(笑)

まあ、
俺の生き方で大切にしていることは、
ポジティブで、楽天的で、あまり悲観しないで、それでもあまり楽観しないで、
現実をそのまま受け入れて生きていこうということだ。

ちょっと堅い話になるんだけど、
ドイツの哲学者のライプニッツが言っている「絶対必然即絶対最善」という言葉がある。
この言葉のような生き方が俺は好きだ。

ちょっと説明すると、
我が身に降りかかってくる一切の出来事は、自分にとって絶対必然であるとともに絶対最善であるということ。

わかりやすく言えば、
ここに川口修と言う男がいるだろ。俺がやめて、(俺を継いで)川口が監督になってすごく良くなっている。
俺が成し遂げれなかったインターハイも県で二連覇している。
で、川口は平成8年にブラジルから帰ってきて強化を始めたばかりの明誠高校にコーチとしていた。
それをオレは後継者としてひっぱってきた。
彼はどういう気持ちで母校のコーチになるということを受けたのかはわからないが、そのことは絶対必然なことだったんだ。そしてそれを受けたことは絶対最善な選択だったんだ。
わかるかな。
斎藤興龍ってのが今日は遠征で居ないんだけどここにいる。
平成4年に全国優勝した時にサッカー教室を開いた。
彼はその時、函南中学の生徒だった。
不器用なな(笑)。いないから言うけどな(爆笑)
ヘタでしょうがないんだけど熱心で、(小学生のスクールに中学生なのに毎週)ずーっと教室に通い続けてきて、高校になって下宿してサッカー部に入ってきたんだ。
そして、高校3年の時、スポーツマッサージ師になる専門学校へ行くっていったんだけど、
俺は「大学は出とけ、大学出とけば何とかなるから」って言って国士館大学に行かせた。
それから、学園に教師として入ってきて、中学の1年でプレミアカップとって、そして3年で岡島が中体連で優勝したんだよ。
それもだよ。絶対必然なんだよ、それも運だよな。
中学の時に何十キロ離れたところから学園のスクールにうまくなかったが通い続けた。
そして高校から国士館そして学園で先生になった。これ最善なんだよ。

ものの見方をネガティブに考えるかポジティブに考えるかだよ。
たとえばここにいる人、俺が知らない人が半分いるけれど、こうやって会えることは何かの縁があってのことだ。
俺がもしも早く死んでいたらあってはいない。
君たちの子供がもっと後にここにきていたなら今あうことは叶わなかった。
必然なんだ。トンピシャリでここであったんだよ。
これが必然なんだ。そして最も良いことなんだ。
今学園に来た、川口に出会い、みんながここにいることは最高にいい事なんだ。
そして、俺も今ここでみんなに話せることは最高なことなんだ。
ちょっと酔っ払い過ぎているけどな(笑)。
そういう発想で生きるならば、いろんな苦しいことや悲しいこと、悩み事があってもいろんなことがあっても、それは大丈夫だよ。

たとえば、あなた方や子供が、いろんな苦しみ、なかなかレギュラーになれないとかケガしたとかあるだろうが、それは与えられた試練であって、乗り越えた先の素晴らしくいいことのためにあるんだ。

親も子も試練は落ち込むことではなくてチャンスなんだ。
苦しみ、悲しみだってチャンス。
たとえばサッカー部40年の中でも学校が理解がないなら、理解がない時ほど頑張って意地でも頑張れるチャンスなんだ。「なにくそ」「よーし」となるチャンスだ。
試練は乗り越えたら素晴らしい新しい世界があるんだ。きっと拓けるんだ。

いいたいことは、
だから…絶対あきらめちゃだめだ。
必ず頑張れば成功する。
そのように世の中はできてる。
そのようになっているんだ。
それが早く成功するか遅いかの違いだけだ。

この前ラジオ聞いていたら、柔道の金メダリスト山下泰裕さんが
「子供みんな可能性がある、みんなよくなる、絶対にうまくなる。早く強くなる人か遅くなってうまくなる人か、ただそれだけの違いだ。だけども、ほとんどの人は途中であきらめちゃうからモノにならない。だからコツコツコツコツ努力できるかどうかが大切だ」
みたいなことをしゃべっていた。

縁あってみなさんの子供さんが学園に来たということは、
なんだかの必然性があった。そしてチャンスが目の前にある。苦しい練習もたくさんある。けれどそれを乗り越える。
そして、最後の最後は社会人となって成功してもらいたい。

プロになるのは何百人に一人、そして一流選手になるのはその中でも一握り、学園の選手で多くのJリーガーいるけれど、本当に活躍で来ているのはほんの5人くらい。

昔、三浦泰年、カズがいたがあいつらは異常に練習した。
その当時おれも30代で若く6時半からの朝練習の30分前に草薙で走っていた。

そしたら泰年達は朝練の前に俺と一緒に走ってからそれから練習する。
それから8時ころに終わる練習の後に自分でまた練習する。
これがまた大事なんだよな。
ホント大事なことだ。
ただ与えられた練習だけをやる選手はダメなんだな。
プラスアルファやる奴だけがスゴクなるんだな。
「キ」の字がつく選手。「こいつバカじゃないか」「サッカー好きで好きでションない」そんな奴
このくらいになると本物になる。絶対に。

人生でサッカーでも、サッカーのみならず何かにかけるということがスゴく大事だ。
今、青春の時代に中学高校の間にな。

そのこと忘れないでな。

子供たちは、常に夢がある。
絶対あきらめさせないような自身が素敵な親になる。
親の仕事は、しつこくしつこく励ますこと
学園で勝てなくても社会に出て頑張り勝てばいい。
全然心配いらない。

かっかっかっ。
ありがとうございました。..

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井田さんからいただいた。

根を養えば樹は大きく育つ」のお言葉。

サムシンググレート~この方の生き方こそ人間としての理想なのかもしれない。

俺は未だ未だだし、おこがましいけど井田さんの言葉に共鳴・相通ずるものを感じてしまう。

※ちなみに私は無宗教・無宗派です。

俺と出会ってしまった選手達・・・。

これは絶対必然なんだとあきらめろ。(^^)!

だから・高校受験はあきらめろ(笑)

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こいつも「キ」がつく選手だったな。白シャツが茶シャツになってるし・・・。洗濯機未だに使えないのか!タクヤ!
まあーやりきれ!今度焼き肉おごってやるよ!

グランドに喜怒哀楽

昨日は大雨でした。

八ヶ岳U12交流大会は予定どおり遠方からの仲間も含め全てのチームが集結しました。

さすが同志のチーム達です。嬉しいですね。

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少年達はいつも通りボールを追いかけていました。

人工芝グランドの風景が日常の近年、どろんこサッカー風景は自分の子供の頃を思い出す。

やかんに入った塩水とレモンの蜂蜜スライスだけがなぜか許されていた時代でした。

ゲームソックスは野球と同じで土踏まずにひっかけるスタイル。
ゲームパンツはピチピチ。スパッツなんて???ありません。

靴はモンブランのコーチャーでした。それでも2900円は高価でなかなか買ってもらえませんでした。

ヤスダのプーマと全く同じデザイン・イエローライン取替式の433が欲しくてたまりませんでした。クリックスヤスダの前です。
長いベロを折り返してアルミのポイントを付けて履くのに憧れました。

サッカーのテレビ放映はダイヤモンドサッカーだけでした。
ブンデスリーガー等を前半と後半を2週に分けて1ヵ月前のゲームを30分編集して放映していました。
確か日曜日の18:30であったり水曜日の22:00になったりとしていました。

岡野俊一郎さんと金子勝彦さんのコンビは最高でした。

DVDはもちろんビデオなんて無い時代です。

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ここ10年の人工芝グランドの進化には驚いています。

私のチームも人工芝グランドが欲しいとも思っています。

それでも、土のグランドの良さもあるかなと感じています。

春夏秋冬、暑い日、寒い日、雨の日、雪の日

グランドは生きています。常に同じ堅さではないのです。

グランドに喜怒哀楽があるのです。

ゲームが終われば、怪我をしなかったことに感謝してクルーダウンを兼ねながらブラシを引きます。
ブラシを引きながら悔し涙を流す日もあります。

クレーの良さは、人間に優しいということです。

足腰への負担が人工芝に比べて圧倒的に少ないと想像できます。
足で踏ん張っても土がえぐれてくれます。
人工芝では足が負けます。

競技は違いますが、テニスのフレンチオープンや有名テニスクラブは未だにクレー(アンツーカー)が多くあります。

メジャーリーグは多くのチームが一時人工芝にしましたが今は30チーム中28チームが天然芝となっているようです。
日本はその逆のようです。

手入れを入念にする。
手間隙をかける。
時間と労力かける。

それがクレーコートにはあるのです。

人を育てる事と一緒です。

なにもかもが効率化、便利さは、どこかでその分のマイナスがあるとおもいます。
そこを知っているか知らないかが重要ですね。

 

 

選手達だけは人工芝と同様に指導者がしてはいけない。

選手達もピッチを選ばずに逞しくプレーできる人間に成長して欲しいと思う。

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翌日は晴れました。

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みんなで手入れをすれば昨日の表情とは別のグランドです。
保護者のみなさん。朝5時から一人で作業していた光郎コーチ。そしてみんなありがとう。

グランドは生きています。

今日も多くのチームと熱戦です。

山梨インターハイ

山梨インターハイサッカー・東福岡優勝で次なるステージへ動き出した。

この10日間、地元帝京第三、山梨学院のゲームはもちろん。

野洲、東福岡、広島皆実、青森山田等6試合を観ることができた。

色々と考えさせられた。新たなるヒントも得た。

多くの友人との再会もあった。

前回1996年山梨開催時は優勝した清商1年生小野伸二さんに驚かされた。

中田浩二さんも帝京キャプテンで準優勝であった。

ジュニアユース世代に携わっている私にとって一番興味があるのが高校(U18)世代のFootballだ。

手塩にかけたこどもたちを託す次なる3年間。

待ったなしの仕上げの3年間。

激戦を勝ち上がりインターハイ出場高校がどんなFootballにチャレンジしているのか。

技術、戦術、身体、精神がどのレベルなのか。

うちの選手達がここに混じって躍動している姿がイメージできるか。

ジュニアユース選手達は常に勝利を追い求めているであろう。

それはアスリートとして当然なことだ。

私はいかに高校(U18)世代で躍動できるかのジュニアユース3年間と位置づけている。

有名・強豪高校に行かせることではなく、

自分の大切な宝物をしっかりと磨き続けてくれる信頼できる監督の高校(ユース)に行かせたい。

包丁でも刀でも同じ方向で根気よく丁寧に研かなければ切れ味は増さない。

今、キレがあっても常に同じ方向へ研ぎ続けなければいずれキレなくなる。

場合によっては、刃は欠け、研ぐことすらできなくなる。

今、キレがなくとも信念を持ち続けブレず正しい方向へ研き続けろ。

いずれは恐ろしいほどに研ぎ澄まされる時が来る。

仕上げの世代。

仕上げの研き。

ここで荒い研きをされると今までの研きが台無しになってしまう。

しっかりと丁寧に研いでくれる指導者へ託したい。

精神の研き。

社会性の研き。

健全なる身体の研き。

そしてなによりも。

指導者自身。

己を研き続けている指導者に託する。

それが最低条件となる。

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昨年お世話になった河崎監督の星陵も以前よりFootballが変化していた。
帝京第三は見続けているが春から確実に成長していた。ナツキのプレーは観たかった。

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東福岡はある意味完成されていた。
冬にどのように進化できるのか。今から興味がある。
山梨学院もやはり能力高い選手が揃っていた。