全力全身

G.Wは今年も子ども達と一緒に5日間を過ごしました。
子ども達とは、うちの選手達のことです。(^^)!

まさに全力全身の5日間でした。

75

指導者が強烈な熱を持っていなければ子ども達に熱を与えることはできない。

冷めた指導者では逆に子どもの熱まで奪い取ってしまう。

それに気づいていない指導者本人、そんな指導者を雇っているクラブ経営者がどれだけ多い事か・・・。

それでいて「うちの選手達はやる気がない」とぼやいている。
会社でも・・・ありそうですね。

1年生合宿では合宿と遠征の違い、礼儀やサッカーの心構え等の内容でした。
それでも今年のゲストは鬼木さんに来ていただき沢山の気づきを与えてもらえました。
彼の探究心そしてプロフェッショナリティ。
気さくな人間性こそがまさにコミュニケーションスキルそのものでした。
鬼木さんありがとう!

2,3年生合宿においては初めてゲストを呼びませんでした。

コミュニケーションスキルをテーマとしてガッツリと3日間取り組んでみました。

日頃から問いかけているグランデサッカーの本質にどれだけ迫ったてきているのかの確認です。

サッカーも社会もコミュニケーションの連続です。

話し続ける事がコミュニケーションではないことから子ども達には話しをはじめました。

正論であっても人の心は動かない。
ほんの少しの目の動きや、肩の揺れから相手の心情を察することもコミュニケーションスキル。
サッカーでいう、アイコンタクト、ボディーランゲージです。

場合によっては、季節、天候、社会情勢によってもおおよその相手の心情を察することも可能です。
時・場所・場合の服装で相手に対するメッセージ、印象も変わってくる。

選手がスパイクを磨いてきた、いつもより握手の握りが強い、集合の時いつもは端にいるのに今日はセンターへ来た・・・。
選手にかける声も変わってきますね。

これもまたコミュニケーションスキルなのかもしれません。

同じ言葉であったとしても、抑揚・タイミングの僅かな時間差で商談も成立したり失敗に終わる場合は多い。

ゲーム中はまさにその連続である。

サッカーが人生や社会の縮図と感じる。
だからこそ、この合宿は大切なんだと常々伝えている。

もっとも私はコミュニケーションスキル等の先生でもなんでもないし、企業向けセミナー講師でもない。

今まで自分自身が経験・体験・学んできたことから若者達に伝えたいことを伝えているにすぎない。だから私自身も選手達と共に学び続けるしかない。

今回子ども達に学んで欲しいテーマとしたのは
「相手との距離を縮め信頼を得ていく」事にしました。

それがサッカーにおいても日常生活においても必要かと感じているからです。

それを少しカッコ良くコミュニケーションスキルと言ってみただけなのです。(^^)!

今年も色々ありました。
失敗を沢山選手はしました。

泣いたり泣いたりの連続でした。

お笑い系のコミュニケーションスキル講座が中止になったのは残念でした。(^^)!
走りも、紅白戦も中止になつてしまいました。
これもまた歴代初の出来事となりました。

私も選手達も楽しみにしていたメインイベントが全てなしになりました。

それでも計画通り行うこと以上に大切なこと。
優先順位を選手に導くのが私の立場です。

97

そんなDEN合宿も毎年ですが今年も無事終了できました。
終わってみると、うちの選手達は本当に良い子達と毎年ですが感じます。

選手もチームも叩かれて叩かれて、鋼のようにまた一つ、強くなったと思います。

選手も俺もスタッフも全力全身です。(^^)!

96
選手達が掃除をしてくれました。
その後、ワックス掛けを2日かけて終わりました。一人だと時間かかりますね。汗びっしょりです。
それでもこうやって合宿で頑張った選手一人一人の事を思い出しながら正座の姿勢で床を磨いていると心がすっきりとしてきます。
坐禅と同じです。

95
選手がもらってきてくれた花です。心が和みます。

92
こちらも選手がもらってきてくれたキンさん宅のワラビを炊き込みご飯でいただきました。

94
こちらも選手がもらってきてくれた花です。
93
今日は綺麗に開花していました。選手もそうなって欲しいです。

チャレンジすることやめられないんだ~

今から4年前、忘れもしない2011年3月11日東日本大震災。
その福島原発近くから北杜市にやってきた家族がいます。

そんな家族の長男ナナトが今日でクラブを離れる事になりました。

福島に残したご両親を引き取り種子島へ家族で移住することを決めたそうです。
お父さんからこの日が来る事は以前から相談されていました。
その準備が整うのが半年先なのか、1年先なのか、2年先なのか、整い次第引っ越す事を聞かされていました。

そして、その日がついにやってきました。

震災直後、当時小学生であったナナトは北杜市へ、そして直ぐにヴァンフォーレ八ヶ岳の一員になりました。
あれから4年弱。4月でナナトも中学2年生になります。

今まで一度もナナトに対してもご家族に対しても震災の話しも詳しく聞かず特別扱いもせず普通に接してきました。
他のクラブ員や保護者皆様に対してもナナトと震災の事についても特に話した事は一度もありませんてじた。

お父さんが挨拶で震災からのお話をしてくれました。
子ども達の表情も真剣そのものでした。私は涙をこらえるのが精一杯でした。
お父さんの話しを聞いて初めてそのような状況から引っ越してきた事を詳しく知った子ども達がほとんどであったと思います。
保護者の方も知らなかった方が多かったと思います。
25_9

子ども達は素直にサッカーができる事がこんなにも幸せなんだと感じたと思います。

私は震災を経験していないので偉そうな事はいえません。
それでも私は子ども達にサッカーができる喜びをほんの少しでも伝えて行きたいと思っています。
サッカーをやりたいと思う気持ちが強ければ誰でも受け入れていきたいと思っています。

今日改めてそう思う事ができました。

これからご家族ともナナトを通じて深い付き合いが始まる矢先での別れは辛いです。
それでもこれも別れではなく新たな深い付き合いの始まりと考える事にしました。

母子家庭、裕福な家庭・・・どんな家庭であろうと子どもには関係ない・・・。
普通に接する。
普通に受け入れていく。

それでも今回は迷いました。
Aチームに早くから呼んでやる事も少しは考えた時期もありました。
なぜなら私が沢山接してやることができるからです。
結局Aチームには一度も呼びませんでした。
正確には先週末の静岡遠征に一回連れて行っただけでした。

先日の3年生を送る会で一緒に盛大に送ってやる事も考えました。
迷いましたが結局はナナトの事は何一つ触れずに送る会を終了させました。

迷いましたが、やっぱり、今日まで他の選手達と平等に扱い通しました。

それが良かったのか悪かったのかはわかりませんが、彼が大人になったときゆっくり話しをしたいと思っています。
25_3

ナナト、弟のナルへ
大きくなったら「種子島グランデ」を立ち上げろ。許可するよ。笑
※「ヴァンフォーレ種子島」は俺だけが許可してもダメだからやめとけ。笑

そしてお父様、お母様へ
短い間でしたがこれも何かのご縁かと思います。
これからもお付き合いの程よろしくお願いいたします。
「種子島遠征」を実現したいと思いますのでその時はナビゲーター等よろしくお願いいたします。

「新しい未来への挑戦」。

ご家族の成功をこころから願っております。
25_2

「感謝を忘れず」

「笑顔を絶やさず」

「自分を信じて」

 

 

「生きる」。

 

感謝!

ヴァンフォーレ八ヶ岳 田畑雅宏

ナナト父のラ・ラ・グランデのナマ歌は最高でした。
みなさん動画・必ず聞いてくださいね。本当に素晴らしいです。

OBマサキチ

今日、マサキチがDENの玄関に立っていた。
どうやら大学合格の報告に来たようだ。

先日、マサキチから電話があった。
電話口でどうも泣いているようであった。
途切れ途切れの、ふりしぼる声で早稲田大学に合格したとのことだ。

俺も電話口で自然に涙がこぼれていた。
「よかったな」
この言葉を心の中で何度もつぶやいた。

自分の子どもでもないのになんでこんなに嬉しいのか自分でもわからないが、本当にこころから嬉しかったことだけは確かであった。

きっとマサキチのこの一年間の努力を続けた姿が想像できたからだと思う。

ジュニアユース時代、旧ナイキプレミアカップ山梨県大会優勝したときは一度も試合に出なかった選手。
それでもコイツは俺についてきた。
そんなマサキチが高校サッカーで上を目指して挑戦したいと思える青年にまで成長。
親元離れ県外尞生活サッカー漬けの三年間を送る。
そしてサッカーに区切りをつけて次なる挑戦。
1年間の浪人生活。

孤独な戦いであったと思う。
相当なプレッシャーとの戦いであったであろう。

マサキチとはこの一年間会ったことも、話しもしていなかった。
でもずっと気になっていた。

今日あらためてマサキチから、
「ジュニアユースの3年間は僕の宝です」
「この3年間があったから今の僕があると思います」
「あの時代は本当に楽しかったです」
と言ってくれた。

この言葉に俺は救われる。
今までの苦労(そうでもないか)が全てチャラになる。
これからも監督を続けよう。そういう気持ちにしてくれる。

俺としてはチームが優勝するよりも数年後に成長した教え子との再会が一番嬉しい。

マサキチ。
これで遊びまくるなよ。人生はこれからだ。まぁー心配ないだろうが、お前は直ぐに調子に乗るからな。笑

今度、DENCUPで一緒にプレーするぞ。

2

10_11_780

コラソングランデをこころに~12期生

今年もジュニアユース12期生達の送る会がありました。

12期生はジュニア上がりが少なく3年間という短い期間で育てるという世代でした。
今となってはとても印象深い年代の子ども達となりました。

数々の問題・事件を起こしてくれました。(^^)!

またか・・・の連続でした。
ふざけんなよ・・・の連続でした。

OBからも指導者仲間からも、田畑さん。頭、真っ白になっちゃったね。
と言われました。

ヤスさんからはデンさん白く染めたの?と言われました。笑

本当に頭の中まで真っ白になった日が沢山ありました。

実は昨年3月に染めるのをやめました。
理由は簡単です。
作文やサッカーノートを読んでも優等生の言葉が並んでいるだけでした。
私には通用しませんでした。
俺をナメてると思いました。
仲間とも上辺だけで付き合っていると感じました。

コイツラは相当手ごわいと思いました。

コイツラに真剣に向き合うには髪の毛染めている場合ではないと思いました。
私が全てさらけ出すことからはじめなければなにも変わらないと思いました。
単なる説教している大人達と同じになってしまうと思いました。

案の定、DEN合宿、クラブ選手権・・・と次々と予感が的中してしまいました。

昨年の今頃、卒業するまでの2015年3月迄に、人の強さや弱さは見かけではないことをどうしても感じて欲しいと思いました。
感謝のこころを感じられる青年になってほしいと思いました。
口先だけの人生がいかに虚しいか、
本当にこころから分かち合える友達がどれほど大切であるかも感じて欲しいと思いました。
もちろんしっかりと感じられている子も何人かいました。

それらを少しでも感じて高校へ進んでいける事を最優先の1年にすることに決めていました。

そして、
途中コイツラを投げだそうと考える暇もなく、あっという間にコイツラの送る会が先週やってきてしまいました。

例年のようにどうにか帳尻を合わせることもできませんでした。

それでも髙橋さんを中心に保護者の皆さんに救われました。
最後まで私を信じてくれました。
まさに、捨てる神あれば拾う神ありです。

あの蓮がこころで感謝の言葉を口にできるところまで成長してきました。
初めての女子選手の美咲と師弟関係が築けた。(美咲そうだろ?笑)
そして笑顔で高校へ進まさせる事ができた。
Bチームで悔しい思いを沢山してきた望とヘイヘイが進学校でもある前期入試募集枠10名程度の枠に入り見事合格したことも爽快であった。(おまえらの勝ちだよ)
タクミと都内某病院の待合室で夜まで6時間位2人で先生を待ち続けた日もあった。
マサキとはここでは書けないドラマがあった。
他にも沢山ある。全選手と戦った。
そうそう、カケルの長い挨拶は完全に俺を超えたと思った。みんな苦痛だった(笑)。
流石は髙橋家の最終秘密兵器だ。秘密のまま卒業だけど(笑)

そして私の挨拶は、例年とは違いました。

いつもは、お前達とあと3ヵ月一緒にやりたかった。
きっと最強のチームが作れたと思う
今日でクラブの選手ではなくなるけど何処へ出しても恥ずかしくない青年に成長した。
グランデ魂で高校へ行っても頑張れ。
そんな話しを毎年していたと思います。

今年の選手達へ言ったことは、
あと1年や2年一緒にやっても強くなったかどうかわからない。
お前達は、まだまだ。全然足りていない。
だからいつでも戻ってこいとかではなくて、これからもクラブの選手だ。
高校へ行ったから俺から解放されたと思ったら大間違いだからな。
今まで通り厳しく説教していくから覚悟しておけ。

そんな話しをしました。

それでも毎年変わらないことがあります。

この日の夜は毎年、虚脱感に襲われます。
ビールすら飲む気になりません。
妻や娘からは「どうしたの?元気ないね」と言われる日です。

あの時、あいつに、違う声かけもあったのではないか、もっと沢山話す時間を作れたのではないだろうか・・・。
いつも後悔の連続です。
自分の能力の無さに落ち込みます。

それでも、落ち込むのはその夜だけです。

前に進むしかありません。
新しい子ども達に真摯に向き合うことが、始まっています。

今年も、この一年に全情熱を注ぎます。

CORAZON GRANDE! をこころに!

DPP_0010
DPP_0011
DPP_0141
DPP_0109
DPP_0117
DPP_0034
DPP_0151
DPP_0172
DPP_0028
DPP_0027
DPP_0155

道徳の基本

人間にとって一番大切なのは、自分より大なるもの、自分より大きいものに対する尊敬の念を持つということである。

敬ができていれば、恥じる心が生まれる。
敬するというのは、より高きものに対する人間独特の心で、敬するから、至らない自分を省みて恥じる。

恥じるから慎み、そして戒める。
これが道徳の基本である。

人間は敬うものを持たないと、驕(おご)りにつながると思うんです。

最近の政治家なんかを見ていてもつくづく思いますが、謙虚さを失ってしまうと、もう人間は伸びません。

だから、私が最近若い人に言うのは、何か一つ自分が敬うものを持とうじゃないかと。
それを復活することが、日本に正しい学を復活させることにつながると思うんです。

敬というのは、大切だと思います。

日本の武道では、相手に敵わないときに、相手に対して「参りました」と言います。
これは、相手に対して「あなたのほうが上だ」と言っているわけですが、同時に、あなたを敬うという素直な態度も込められていると。
「参った」
と礼をして下がり、さらに修行を積んで自分を高めていく。
すると、新たに追究していくものがまたそこから出てくるのです。

つまり、礼というものは、相手にただお辞儀をするのではない。
相手を通して自分に返ってくるものであって、自分に対してするということが本当の礼であると。
最終的に自分に返ってくるならば、常に自分を省みることが必要になります。
ここに徳性の基本があるのではと思いますし、
こういうことを理解することが、おのずと徳性を身につけることにつながっていくのではないかとも思います。
そういうことがもっと社会のなかに浸透してくればいいと思うんです。

———–致知2002年5月号特集「このままではいけない」より抜粋———-

10382459_519623644845792_2503176653515724984_n

実はつい先日、うちのスタッフを叱りました。
彼の受け答えによってはクラブを辞めてもらう覚悟で叱りました。

道徳の基本を彼には話しました。

私のクラブは「自分で考える・良い悪いが判断できる」人間を育てる事を理念に置いているクラブです。

挨拶にしても、大声を出せば良い挨拶とは限りません。
雑踏の中でしたら周りに迷惑がかかります。

試合の最中に次試合のアップチームがピッチサイドでバカみたいにブラ体の声かけから始まって「気合いだしていこうぜ~」と大声出し続けているチームがあります。
これも自分のことしか考えていない典型です。

試合終了後の握手にしても顔すら見ないで指先4本軽くタッチするだけのチームもあります。
目と目を合わせるのは当然ですし、本当に感謝の念があると自然に両手で握手となるものです。

一番大切な所を選手達に伝えなければ、相手チームの監督さんに挨拶に行く必要はありません。

社会においても形だけの会議で日当が出たり、偉い人?が秘書の書いた決まり切った祝辞の棒読みが3人も続くとうんざりです。
この偉い人?は本当に子ども達の門出を祝福に来たのであろうか?
それとも来てやったとでも思っているのだろうか?
伝えたい事がないのなら祝辞はしないほうがよいです。子ども達はラッキーと喜びます。

いつも選手達に諭しています。
言われ事だけをしていては限界がある。
相手の立場や気持ちを考えて行動しなさい。
こう行動すれば仲間は喜ぶだろうな、仲間を未然に助けられるだろうな。
そう考えれば自然と行動に移せる。と。

寝そべって唾を吐けば自分の顔に戻ってくるのと同じとも言っています。

その毎日の習慣がサッカーでも同様に活きてきます。

自由ほど大変なのです。
決められたルールがある。
その中でドリブルをしたりパスをしたり自分達で決めていくのです。
ゴールを奪うために、ゴールを守るために、どう勝利に導くために、どう自分達で最適な判断をチョィスできるのかが自由なんです。

それは社会のルールと同じなんです。

全ては日頃の道徳の基本につながっています。

そんなクラブであるからこそ、常日頃選手達にそれを伝える立場のコーチが、
「言った言わない」等、自分を正当化する発言はダメなんです。

事の本質はそんな所ではないのです。
敬するこころがあれば自然と答えは導かられるからです。

それがないと選手達から敬されなくなります。
選手達を真剣に叱れなくなってしまいます。
安心して選手達の指導者として託せなくなります。

どこかの教員や、公務員や、政治家と一緒になってしまいます。
自分の責任にならなければ、あとはしらない、ではダメなんです。

それが道徳の基本です。

選手も指導者も育てる立場になってしまった私ですが、

選手や若い指導者達から学ぶ事の方が多いのが事実です。

これでまた彼がひとまわり成長してくれた嬉しいと思っています。

なぜならば彼から私が学べるからです。

そんな試験休みの一日でした。

14_02