初心忘れるべからず

初心忘れるべからず

今年もまた秋の季節が訪れた。

八ヶ岳裾野に広がる一面黄金色の稲風景その奥にそびえる富士山。

いつ見ても格別だ。

心が洗われる。

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昨日のお客様はDEN開業翌年の1989年より年2回必ずご宿泊いただいているYさまご一同さまでした。

一度たりとも欠かさずに26年間52回も来ていただけることに言葉で表せない。
本当に感謝しています。

DENの成長を支えDENを見続けてくれた大切な人達。

開業から毎年1回27年間宿泊していただいているMさま。
他にも10年以上毎年DENを使っていただいている方々多数。

多くの方に私は生かされている。

昨日もYさん達と深夜までお話をした。
話しをしているとDEN創業期を思い出す。

あの頃の俺は若かった(^^)!

初心を思い出させてくれる。

ありがたい。

初心とは謙虚な気持ちだけではない。

初心とは未熟さである。

「初心忘れるべからず」とは

あの時の恥ずかしさをしないようにという戒めであるということ。

自分のレベルの低さであり恥ずかしさであり、みっともなさである。

あの時の恥ずかしい思いはもう絶対したくない、だから努力して二度と同じみっともない思いはしない。

そんな意味が込められている。

さて、

次週から今年の子ども達にとって大切な試合が始まる。

春には本当にみっともない試合や行動を沢山してきた子ども達。

キャプテン交代・・・

毎晩遅くまでミーティング・・・

俺とお前達との真剣勝負の毎日。(今もね)

あの日の未熟な悔しさ・恥ずかしさにはもう絶対に戻りたくないと
心に誓い俺に付いてきた子ども達。

もうあの屈辱の日には戻るな。

初心忘れるべからず

謙虚な心と挑戦する心を手に入れたこどもたちよ

仲間全員で

ピッチの上に黄金色の風景を描きなさい。

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一刹那正念場

一刹那(いちせつな)とは一瞬ということである。

正念場(しょうねんば)は歌舞伎からきた言葉。

一曲・一場の最も重要なところ、ここぞという大事な場面を指す。

一瞬一瞬を人生の最も大事なところ、人生の勝負どころ、本番と捉えて真剣に生きよ、と教えている言葉が一刹那正念場である。

人生は山登りにたとえらえる。

山登りには登る人と下りる人がいる。

それは年齢ではない。

「90パーセントの人は山を下りている。90パーセントの人は力を出し切っていないからだ。人生の山を登っている人は10パーセント」と言うのは人材教育家の井垣利英さん。

なるほど、と思う。

そういえば明治期のリーダーたちは、「自分が一日怠ければ、日本の進歩が一日遅れる」という気概を持って生きていた。

当時の日本には山を登っている人が多かった、ということである。
だから日本は日清・日露の戦いに勝利し、世界に伍していくことができたのだといえる。

井垣さんはこうも言う。

「1時間は1分が60回。1日は1時間が24回。ひと月は1日が30回。1年はひと月が12回。10年は1年が10回」。

10年後どんな自分になっているか。

何となくいまよりもよくなっている、と思っている人が多い。

しかし、いまの生き方がそのまま10年後のその人の生き方であり、年を取った分だけ人生は下り坂になっている。

そうならないためには、いま目の前にあることに全力を尽くすこと、その姿勢を習慣にすること。

井垣さんの言葉は一刹那正念場に生きる大事さを説いてあまりある。

~省略~

中川一政さんが97歳の時に揮毫(きごう)した「正念場」の書がある。

~省略~

中川さんが残された極めつけの言葉を二つ。

「稽古をしてはならぬ。いつも真剣勝負をしなければならぬ」

「一つ山を登れば、彼方にまた大きな山が控えている。それをまた登ろうとする。力つきるまで」

すべての道に生きる者に不可欠の覚悟というべきだろう。

致知 8月号 7ページより一部抜粋 致知出版社

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一刹那正念場の言葉を使わなくてよいが、

試合においても、ここぞという大事な場面はゴール前やシュート場面だけではないということ。

大事な場面はワンタッチ全てであるということだ。

若いから山を登っているわけではない。

登るには自分の足で踏み出す必要がある。

毎日がラクであるなら、やはり若くても坂道を下っている。

下りで加速しだしたらなかなか止まれなくなる。危ない。

仲間と比較する必要はない。

関係ない。

自分のペースでよいから。

休みながらでも良いから。

コツコツと一歩一歩。

前へ踏み出して行こう。

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あるレジ打ちの女性

ミュラーの1点目はまさにフットサルのコーナーキックでした。
昔で言うエイトの動きと同じです。

FINALはドイツVSアルゼンチンになりました。大会前はブラジルvsアルゼンチンの予想でしたがドイツは決勝進出に値する素晴らしいサッカーをしていると思います。

そんな2日連続の睡眠不足の中、今日は豪雨の為チームの活動を中止にしました。
久しぶりに本棚から数冊目を通していました。
新書も良いですが何度も読む中からの新たな感じ方も楽しいものです。

スポーツ同様に書物も人の心にエネルギーをいただけますね。

読んだ選手もいるかもしれませんがアップしました。

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「あるレジ打ちの女性」

その女性は何をしても続かない人でした。

田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって次々と所属を変えていくような人だったのです。

そんな彼女にも、やがて就職の時期が来ました。

最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。勤め始めて3ヵ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間に辞めてしまいました。

次に選んだ就職先は物流の会社です。

しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。

そうしたことをくり返しているうち、いつしか彼女の履歴書には入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇つてくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって、生活のためには働かないわけにはいきません。

田舎の両親からは早く帰って来いと言ってくれます。しかし、負け犬のようで帰りたくはありません。

結局、彼女は派遣会社に登録しました。

ところが派遣も勤まりません。すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事を辞めてしまうのです。

彼女の履歴書には辞めた派遣先のリストが長々と追加されていきました。

ある日のことです。

そんな彼女に新しい仕事がやって来ました。スーパーでレジを打つ仕事でした。

当時のレジスターは、今のようなに商品をかざせば値段を入力できるものではなく、いちいち値段をキーボードに打ち込まなければならず、タイピングの訓練を必要としたものでした。

ところが、勤めて1週間もするうちに「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考えるようになったのです。

とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が、彼女自身も嫌になっていました。

もっと頑張らねば、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかし、どう頑張ってもなぜか続かないのです。

この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。

「帰っておいでよ」

受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。

ダンボールに荷物を詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。

小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。

パラパラとめくっているうち、彼女は「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう、彼女の小学校時代の夢です。
「そうだ、あの頃、私はピアニストになりたくて練習頑張っていたんだ」

彼女は思い出しました。

なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかしいつの間にかピアニストになる夢をあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思いだし、日記を見つめたまま本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。そして私は、また仕事から逃げようとしている」
そして彼女は目を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです。

「お母さん、私、もう少しここでがんばる。
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために出勤していきました。

ところが、「2、3日でもいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。

「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も引き間違えたけど繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるか指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに、楽譜を見るだけで弾けるようになった」

彼女は昔を思いだし、心に決めたのです。

「そうだ、私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と

彼女はキーの配置を覚え、ピアノを弾く気持ちでレジを打ち始めました。
すると、不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。

最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。

「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」

「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」
いろいろな事が見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
そして色々なお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。

「この人は安売りのものを中心に買う」
「この人はいつも閉店間際に来る」

「この人は高いものしか買わない」とかがわかるようになりました。

そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが5.000円もする尾頭付きの立派な鯛をカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はびっくりして、思わずおばあちゃんに話しかけました。

「今日は何かいいことがあったんですか」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。

「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。いいだろう、この鯛」と話すのです。

「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。

お客さんとコミュニケーションを取ることが楽しくなったのはこれがきっかけでした。

いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートがありますよ」
「今日はマグロよりカツオの方がお得ですよ」
たくさんのお客様とお話ができるようになったのです。
彼女はだんだんこの仕事が楽しくなってきました。

そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながらもいつものようにレジを打っていました。

すると店内放送が響きました。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」

ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジにお回りください」

そして3回目、同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき周りを見渡し驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客様に「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言ったときです。
お客さんは店長の手を振りほどいてこう言いました。

「ほっといてちょうだい。私はここへ買い物に来ているんじゃない。あの人としゃべりに来ているんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだよ」

その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。

その姿を見て、お客様が店長に言いました。

「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。

仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと、初めて気ついたのです。

そうです。すでに彼女は、昔の自分ではなくなっていたのです。
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涙の数だけ大きくなれる!

31ページより抜粋

フォレスト出版社  (2008/9/4)

著 木下 晴弘 

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仕事もサッカーもそして勉強も「真剣に楽しむ」根っこは同じだと思います。

指導者もまた、勝ち負けや、戦術ばかりに目が行っているうちは
こどもたち一人一人のいろいろな事は見えてこないでしょうね。

今日は良い休息になりました。(^^)!

自分の花を咲かせる

 

人は昔、天からその人だけの真実を授かってこの世に生まれてくる。
その真実を発揮してこそ、全ての人に課せられた使命である。
自分の花を咲かせるとは、この天真を発揮して生きることに他ならない。

 

昔、オリンポスの神々が集まり、「幸せになる秘訣を何処に隠したら、人間がそれを見つけた時に最も感謝するか」を話し合った。
「高い山の方が良い」「いや、深い海の底だ」と議論百出。すると一人の神が「人間の心の奥深いところに隠すのが一番だ」と言い全員の神が賛成した。

 

幸せの秘訣は人間の奥深くにある。
自分の花を咲かせる秘訣は心の中にある。
だが、心の奥深く隠されているが故に、秘訣に気づかぬままに人生を終える人も少なくない。

どうすればその秘訣に気づき、自分の花を咲かせることが出来るのか。

まず、自らの命に目覚めること。
自分がここにいるのは両親がいたからであり、その両親にもそれぞれ両親があり、それが連綿と続いていま自分はここにいる。
どこかで組み合わせが変わっていたら、あるいは途絶えていたら、自分はここにはいない。

自分の命は自分のものではない。
すべて与えられたものだ。
その自覚こそ、自分の花を咲かせる土壌になる。

 

次に大切なのは「一つ事」を見つけること。
この一事をもって人生に立っていく。
あるいはいま携わっている仕事をもって自分の一つ事にする。そう決意することである。

 

第三に大切な事は、その一つ事に本気になること。

「本気になると世界が変わってくる/自分が変わってくる/変わってこなかったら/まだ本気になっていない/本気な恋/本気な仕事/ああ/人間一度/こいつを/つかまんことには」―坂村真民

「なんでもいいからさ/本気でやってごらん/本気でやれば/たのしいから/本気でやれば/つかれないから/つかれても/つかれが/さわやかだから」―相田みつを

「プロというのは寝ても覚めても仕事のことを考えている。そこがアマチュアとの絶対差」

―相田みつを

 

「一に求道 二に求道 三に求道 四に求道 死ぬまで求道」―坂村真民

 

この覚悟と実践なしに自分の花を咲かせることはできない。

「風雪に耐えただけ土の中に根が張るんだな」―相田みつを

 

「苦がその人を鍛え上げる 磨きあげる 本物にする」―坂村真民

 

――――――――― 致知出版社「致知」7月号11Pより抜粋 ―――――――――

 

君は今、幸せですか?
自分の心の奥底に聞いてみてください。

幸せな人はやはり輝いている。

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ここを離れない

中国の古い昔、鹿蘊(ほううん)という坊さんが師匠に弟子入りを願い出た。

禅門は簡単に入門を許さない。玄関で待っていると師匠か現れ、いきなり桶の水をバサッとかけた。他の志願者は皆腹を立て帰っていったが鹿蘊だけは残り続け、入門を許された。弟子になって間もないある日、師匠が外出した。鹿蘊は蔵に入り、普段は食べられないご馳走をつくって皆に振る舞った。ところが、思いがけず予定より早く師匠が戻ってきた。師匠は激怒し、鹿蘊を寺から追い出したばかりか、ご馳走した分を町で托鉢(たくはつ)してお金で返せ、と要求した。鹿蘊は風雨の日も厭(いと)わず托鉢を続け、ようやくお金を返した。すると師匠は「おまえが托鉢している間野宿をしていたのは寺の土地だから家賃を払え」と迫った。鹿蘊はその言葉に従い、また黙々と托鉢を続けた。その様子をじっと見ていた師匠は弟子を集め、自分の後継者か決まった、と宣言し、鹿蘊を皆に紹介した。

弊社主催の徳望塾で円覚寺南嶺管長が述べられた話しである。

これに続いて、横田管長はご自分のことを話された。
横田管長は四十五歳で円覚寺の管長に選ばれたが、なぜ自分が選ばれたのか分からない。ただ一つ、これかなと思うものがある。それは「ここを離れない」という一事。
どんなことがあってもここから離れない。ここを見限らない。ここに踏みとどまる。自分が貫き得たのはこの一つ。それを師匠は見ていてくれたのではないか、と横田管長は話されていた。

ここを離れない。長の一念はここに始まりここに尽きるのではないだろうか。

国であれ会社であれ家庭であれ、あらゆる組織はそこにいる長がどういう一念を持っているかで決まる。それがすべてといっていい。

「致知」三十五年、様々な分野の長にお会いしてきたが、すぐれた長には共通して二つの条件があることを強く感じる。一は「修身」、二は「場を高める」。この二点に意を注がない長は長たる資格がない、と断言できる。

気まま、わがまま、ムラッ気を取り去る。修身とはこのことである。さらには、公平無私、自己犠牲、先義後利(目先の利益を追わない。義務か先、娯楽は後)を率先垂範することである。長が私意をほしいままにして、組織が健全に成長するわけがない。

次に場を高めること。長たる者は自分のいる場に理想を掲げ、そこに集うすべての人をその理想に向け、モチベートしていく人でなければならない。「適切な目標を示さず、社員に希望を与えない経営者は失格である」とは松下幸之助の言葉だが、まさに至言である。

加えてもう一つ、長の一念を安岡正篤師が明示している。

「偉くなることは必ずしも富士山のように仰がれるためになるのではない。なるほど富士山は立派だけれど、それよりも立派なものは大地である。山を載せて一向に重しとしない。限りなき谷やら川やらを載せて敢えて厭わない。常に坦々としておる。この大地こそ徳である。われわれもこの大地のような徳を持たねばならぬ」

最後に、最近逝去された経営コンサルタントの船井幸雄さんの晩年の言葉を付記する。

「四十余年経営コンサルタントをやってきて分かったことがある。どうしたら経営がうまくいくか。それはそこにいる人が命を懸けている。それが第一条件。いるところに命を懸ける。これか大事」

長として欠かせない姿勢であり、一念である。

※  致知 6月号 長の一念より 転載

八ヶ岳に居を構え27年。
少年団設立27年。
クラブ設立13年。

未だ凡戦。
まだまだ自分はたりない。

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髪がフサフサ・・・若い・・・(^^)!